第67話 侵略者を討伐せよ

 怒りで目の前が赤く染まる。燃える炎を睨みつけ、魔王軍の精鋭ゴエティアを呼び出した。大切な番の故郷になる場所だ。草木一本生えぬ砂漠同然の荒れ地にするわけにいかぬ。


「バール」


 将軍職を務める女性が燃える地に膝をついた。


「我が君」


 前回と違い、魔王直々の呼び出しに喜び湧く。見回した周囲の状況で何も言われずとも悟った。主君の足元を騒がす愚か者は、巨大な蛇の頭を揺らしながら炎を吐く。見覚えのある姿に舌打ちした。


「片付けよ」


 端的な命令に首を垂れ、ゴエティアを次々と召喚する。バールの足元に広がる魔法陣は、雨粒が落ちる水辺の波紋さながら生まれては消えた。


「マルバス、アモン、ブエル、ウァサゴ、バルバトス、ボティス……」


 呼ばれた魔族はすぐに魔王の足元に平伏した。珍しくも第二形態を取る主君の怒りを間近に感じ、次いで敵の存在に意識を向ける。実力者である彼や彼女らにとって、敵対者より主君の方が重要だった。


「我らが王の御下命である。あれを片付ける」


 バールが指差した先に、数十の頭がある蛇がいた。自身もラミアで蛇の胴を持つアモンが顔をしかめ「やだ、気持ち悪い。生理的に無理」と呟く。


 無言でヒュドラを睨む魔王の機嫌悪さを察し、全員が一斉に頷き合った。ぱっと散った彼らが第二形態から第三形態を取る。ラミアや獅子、狼、翼をもつキメラなどがヒュドラと向き合った。


 魔王イヴリースが第二形態を取りながらも動かない理由は、高まる魔力で気づいていた。街の向こうにある屋敷と、この場所に結界を張っているのだ。魔力が不足したのか、イヴリースが舌打ちした。


 強すぎる魔力が解放される。第三形態のゴエティアですら身震いするほどの、強大な魔力が拡散し始めた。ゆらりと黒い霧を生み出しながら、魔王が第三形態に移行する。


 黒い瞳孔の周りに赤い光が宿り、人間の形が崩れて黒い猛獣が体積を増やした。周囲の魔族より一回り大きい。前回は建物を壊さぬために抑えたが、今は屋外だ。気遣う必要はなかった。種族の違う3対の翼や羽が広げられ、溢れた魔力が結界へと流れ込む。


「すごい、久しぶりに見たわ」


「俺は初めてだ」


 魔王軍の精鋭であるゴエティアにも隠した姿を晒し、イヴリースが低く唸る。その声に滲む怒りと嫌悪を感じ取り、バールが先陣を切った。駆け出す女将軍の身が鮮やかな炎に包まれる。燃えながら空中を駆けるように前進するフェニックスが大きく口を開いた。


 魔力が高まり、彼女の嘴から白い炎が覗く。森や街を焼こうとするオレンジ色の炎より上位で、はるかに高温の炎が蛇に叩きつけられた。


「いくぞ」


 いつもペアを組むアモンに援護を申し入れ、マルバスが獅子の体を躍動させる。飛び上がって噛み付いた蛇を引きちぎり、己の体に食い込む蛇を風を操り切断した。落ちた蛇の首を、援護するアモンが凍らせて砕く。復活させない為の処置を見て、他のゴエティアも動き出した。

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