第58話 獲物の分配はきっちりと!

 人間の国のことは人間同士で解決すべき。メフィストの意見に、イヴリースは頷いた。そこに異論はない。だが、愛しい番に手を出そうとした馬鹿とその周辺は、自分の手で処理したい。主君の言葉にメフィストは「当然です」と同意した。


 意見の食い違いは一切なく、両者納得する。そんな真剣な話の間、アゼリアはじたばたと膝の上で暴れていた。腰に回されたイヴリースの腕が、どうやっても解けないのだ。政治的な話に関与する気はなかった。


 王太子妃教育の一環で学んだ知識はあるが、実際に国を治める彼らに披露する気はない。なんとかして逃げようと、身を捩ったり抓ったりした結果、ついに両腕で抱き締められてしまった。


「っ、イヴリース!」


「怒るそなたの、なんと愛らしいこと。ここまで余を虜にして、まだ足りぬのか? 魂ごと縛られておるというのに」


「捕まってるのは私ですわ」


「余はそなたを捕まえて離したくないのだ。誰の目にも見せず、余以外の誰も近寄らせたくない」


 恐ろしい方向へ進む話に、肌を粟立てる。まさか監禁されるの? 怖いと顔に書いて振り向くと、整った顔の魔王は苦笑いした。


「そなたを怖がらせるのは本意ではないが、そのくらい愛している。本当は閉じ込めて隠してしまいたいのだ。だから腕に抱くくらいは我慢しておくれ」


 そう言われると、妥協するのが正しい気がした。嫌がり過ぎて豪華な部屋に閉じ込められる未来は御免だ。アゼリアは笑顔を作って、大人しく膝の上に座る。途端に抱きしめる腕が少しだけ緩んだ。


 なるほど、逃げると追いたくなる。逃げずに擦り寄れば、大切に保護してくれるというわけね。アゼリアはイヴリースの扱い方を頭に叩き込み、彼を背もたれにして寛いだ。背を預けると、両腕が腹の前で緩く握られる。さり気なく自分の手が巻き込まれたが、アゼリアはイヴリースの白い肌に手を這わせた。


「陛下、騒がしい貴族の相手は私に一任していただけますか?」


 アゼリアを追い落とそうとしたユーグレースの王族や一部の貴族、王都の民は捕らえた。地下牢があんなに塞がったのは、魔王位即位直後の大粛清以来である。


 彼らの処分はイヴリースが自ら行いたいだろう。飢えた獣の前に手を出して餌を奪う暴挙はしない。メフィストは代わりの獲物を要求した。


 サフィロスに巣食う、反魔王勢力だ。こちらから仕掛ける気のない主君に従い我慢したが、メフィストは本来気の長い性質ではない。メドゥサを手先に使った連中の処分は、自分と魔王軍に任せて欲しいと強請った。


 遠回しな表現を使い、血腥い今後をアゼリアに悟らせない側近へ、イヴリースは頷いて許可を出す。


「構わん、軍も好きに使え。要請があれば余も動く」


「陛下のお手を煩わせることもございません」


 何しろ、魔王軍の者達はこの機会を待っていたのだから。忠誠を誓った主君を軽んじ、その地位を脅かそうとする輩を彼らが許すはずはなかった。


「アゼリア姫、しばらく陛下をお願い致しますね」


 意味ありげに微笑んだメフィストが眼鏡を掛けて、一礼した。いってらっしゃいと見送り、アゼリアは先ほどの言葉を反芻する。


「え? もしかして……」


「魔国に戻るのはメフィストのみだ」


 ここに残ると宣言した魔王に、赤毛の姫君は目を見開き……父との騒動を思って肩を落とした。

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