第43話 命令を忠実に実行するもの

 灰色の毛に覆われた全身が膨らみ、第三形態から抜け出る。巨大な狼となった彼は、鬣から前足にかけて黒銀の毛を纏っていた。山羊の角は巨大な1本角となり、2本が捩じれて絡みあう。大きく裂けた口元から突き出た牙は、大蛇のそれをはるかに凌ぐ鋭さを誇った。


 人間の姿を模した第一形態と比べ、5倍ほどの大きさとなった狼の、尻尾が5本に割れてそれぞれが意思を持つように蠢く。強大な魔力が鎧のようにまとわりつき、炎のように揺らめいた。


 十数人が集まった会議室が、急に狭く感じられる。膨張した最終形態で窮屈そうに身を屈め、メフィストは無造作に爪を鱗へ突き立てた。


「ひっ、ひぃい」


 怯える大蛇の砕いた『身代わり』が崩れ落ちるのを、メフィストは獰猛な獣の赤い瞳で見送った。縦に割けた瞳孔が収縮し、細めた目に『獲物』が捉えられる。


「な、何でも話すわ。だからっ」


 命乞いを始めた大蛇の表面を、爪が引き裂いていく。絶妙な加減で表皮を裂いたメフィストの手が止まった。


 助かったと息をついた途端、狼は止めた爪をぐさりと突き刺す。肉に刺さる爪の鋭さに暴れるが、さらに傷が深くなった。激痛に身をよじれば、勝手に肉が裂けていく。自分が動く手間が省けたと笑うメフィストだが、これは計算された行為だった。


 神経が集まる場所を貫いた爪に我慢できず、蛇が身を捩るのは計算済みだ。基本の動きとして蛇は縦ではなく、横に滑るように動く。鱗の仕組みから、メドゥサの動きは予想可能だった。


 自ら激痛を生み出しながら、その痛みにさらに身を捩る。動けば動くほど己の肉が裂け、鱗が剥がれることに気付けない愚か者は、白銀の鱗を赤く染めながら悲鳴を上げた。


「いやぁ! もう、やめ……て」


「私は動いておりませんよ。あなたが自分でなさったのでしょう? 試しに動くのをやめてみたらいかがです」


 嘲笑を含んだ声に騙されてもいいと身を竦ませる。メドゥサは一時的に止んだ痛みに詰めていた息を吐き出した。安堵に身が緩んだのを確認し、突き立てた爪をきゅっと引く。新たな痛みにのたうつ蛇が、反撃を試みた。


 くるりと尾を持ち上げて巻きつき、狼を締め上げる。メフィストは口元を緩めて、毛を逆立てた。針鼠のような硬い毛が魔力を帯びて光り、容赦なく蛇の全身を串刺しにする。


「うぎゃぁあ!」


 出血で赤く汚れた床はぬるぬると滑り、メフィストは溜め息をついた。


「掃除が大変ですね。まあ、復元用の魔法陣は設置しておりますが……」


 ひくりひくりと痙攣するメドゥサの様子に、メフィストは身体を戻していく。段階を踏んで、己が好む第二形態まで変化すると、手のひらを蛇の鱗に押し当てた。


「ご安心ください。殺すほど親切ではないそうですよ」


 主君の命令を伝え、鱗の表面に印を刻んだ。魔法文字に似た模様は、禍々しい黒い痕を残す。綺麗に模様が刻まれたのを確かめ、メフィストは気を失った大蛇に魔力を流した。外部からの干渉で無理やり第一形態まで戻し、石造りの床を踵で叩く。


「お呼びですか?」


 足元の血溜まりから顔を覗かせた男へ、メドゥサを投げ渡した。


「死なせずに管理しなさい」


 端的に命じ、メフィストは壊れた室内をぐるりと見回す。主君であるイヴリースに言われる前に直すため、午前中と同じ作業を淡々と繰り返し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る