第18話 公爵家の裏の支配者

 遠回しにあれこれ尋ねるのは面倒だ。魔王という強者であるがゆえに、イヴリースは裏から手を回す策略を好まない。正面から叩き潰せば用が足りるのに、なぜ相手の反応を窺いながら面倒な手を講じなければならないのか。


 その点で、メフィストは逆だった。己の絶対的な強さがあるからこそ、裏から手を回して踊る愚者の姿を楽しむ。これは種族の差ではなく、育ちや性格の差だった。


「陛下に出したお手紙の通りですわ」


 カサンドラは明言を避ける。しかし手紙に書かれた懸念が現実になったことは否定しなかった。ここですでに駆け引きが始まっているのだ。助けを求めれば独立した公爵領は魔王に大きな借りを作るが、彼がアゼリアのために手を貸した場合は公爵領は無関係となる。勝手に助太刀して貸しにすることは出来ないのだから。


「随分とやり手の奥方ですね」


 くすっと笑ったメフィストだが、カサンドラがルベウス王家の娘だった事実は掴んでいる。王位継承権2位にいたカサンドラに、外交や執政の手腕がないはずはなかった。王女教育の一環で、帝王学を含めて履修している。ヘーファーマイアー公爵家で一番侮れないのは、当主アウグストではなく妻のカサンドラだろう。


「あら、ありがとう」


 にっこり笑ったカサンドラは、下がらせた侍女の代わりにポットを手に小首をかしげる。


「いただこうか」


 イブリースはカップをソーサーに戻し、腕を組んだ。対策を考えているのだろう。主人の出す判断を待ちながら、メフィストは執事のような立ち位置で全体の様子を窺う。


 調査によればアゼリアには兄がいたはずだが、その姿が見えなかった。妹アゼリアを溺愛する兄が、攫われた彼女の帰還に姿を見せないのはおかしい。同じことに気づいたアゼリアが、タイミングよく口を開いた。


「お母様、お兄様はまだ戻られないの?」


 にっこり笑って応対する母へ、アゼリアは懸念を滲ませて問うた。この公爵領本家の屋敷に兄ベルンハルトがいれば、すぐに駆けつけてくるはず。心配に顔を曇らせる娘に、カサンドラは首を横に振った。


「すでに一度戻りましたが、国境付近の砦に行きましたよ。ユーグレース王家より、この公爵領の土地や財産をすべて没収する旨の通達がありました。意味はわかりますね?」


 国境と表現したが、元はユーグレース国内の貴族の領地の境目を指す。砦が存在するのは、かつて戦った敵国より奪った領地だからだ。このへーファーマイアー公爵領は、以前別の名で呼ばれる小国だった。その際に使われていた砦は、今も存在し機能する。


「我らは独立する」


 母の問いかけに頷き、父の宣言に口元を緩める。そんな赤毛の美女に、イヴリースはうっとりと目を細めた。どこまで行っても、アゼリアは『ご令嬢』ではない。守られるだけのお姫様ではなかった。


「私も戦います!」


「そなたの戦う姿は美しいであろうな」


 アゼリアのあげた声に、重ねてたぶらかしにかかる。穏やかだが物騒なその響きは、魔王のもつ圧倒的な力を感じさせた。滲む強者のおごりは、しかし彼の魅力を引き立てるスパイスにしかならない。傲慢な態度も物言いも、イヴリースに良く似合っていた。

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