後日談107話、姫を調べよう


 ナダは、カーセン王子に、事の真相を話した。

 今、城にいるリーシン姫は、魔族の入れ替わり、つまりは偽者で、本物は従者フォイと共に外で待っている。


 聞いていたカーセンは、何度も口を開こうとしたが、自制し、最後まで話を聞いた。その顔色は目まぐるしく変わり、時に怒鳴り散らすのではないかと憤怒に染まった。またある時は視線を逸らし、ナダの言葉の意味を考える仕草をした。


「――以上が、私の知る事のあらましにございます」


 一息ついたナダは、茶をすすった。難しい顔をしたカーセンは黙りこくっている。

 彼の中で、いの一番に否定や拒絶が出てこなかった点で、ナダの話に真実がある可能性があると考えていると言える。

 しかし、ナダとしてはこれは賭けである。何せ――


「貴殿の話が本当であるか、それを証明することは可能か?」


 カーセンは問うた。

 これである。今はナダが話しただけで、何一つ証拠も証明もない。このナダも、実は魔族が化けていて、本物の姫を偽者と吹き込み、混乱させる策であると見られる可能性すらあるのだ。


「左様、それが問題なのです」


 ナダは、わからないという顔をする。


「私は、魔族のアジトに踏み込んだ。そこで姫と、フォイを救った。フォイは怪我をしており、状況的に、こちらが偽者というのは、あまりに手が込み過ぎており、私たちが襲撃しなければ入れ替わりが成立しない」

「貴殿の話そのものが嘘という可能性もなくはない」


 カーセンは指摘した。


「なんと、私そのものを疑いか?」

「その、手の込み過ぎた手と申すが、そもそも貴殿が助けたという話すら、こちらを混乱させる、あるいは信用させるための手やもしれぬ、というのだ」

「……」

「――とまあ、考え出したらキリがないし、貴殿に関しては本物であろう。わざわざ、我等らを謀るならば、貴殿を演じずとも、もっとわかりやすい者に化ければよい」


 カーセンは、そもそもナダが偽者――という考えは否定した。美形の王子は考える。


「どこまでが本当で、どこまでが嘘――貴殿が嘘を申していないのはわかっているが、我々を欺く敵の策なのか……。状況からみれば、貴殿の言うとおり、手が込み過ぎておる」

「しかし、疑い出したら、キリがない」

「左様」


 腕を組み、カーセンは首を捻る。ナダは切り出した。


「カーセン殿は、いま城にいるリーシン姫について、本物であると断言できますか?」

「……貴殿の話を聞いた後ではな。それも揺らいでおる。それまでは、妹であることを微塵も疑ってはおらんかった」

「でしょうな」


 パッとみて、違和感がなかったのであれば、敵の変装、魔法の類だとは思うが、おそらく完璧に見た目を模倣しているのだろう。アジトで姫が囚われていたことを思えば、姿をトレースすることもできただろう。


 いっそ風呂にでもいれて、お世話の者に体を洗わせたら、それでわからないものか、とナダは思ったが、さすがに他国の者が指摘するのは憚られた。偽者と確定しているのならともかく、本物だったらどうするんだ、とカーセンや彼の家臣たちから批判されよう。


「こちらでお助けしたリーシン姫を連れてきたとして、今城にいる姫を見比べ、話したとして、本物か判別できる自信はおありで?」

「そこまで姿が似せてあるなら、難しいであろう」


 カーセンは、取り繕うことなくあっさりと認めた。妹が本物か偽者か、家族なのだからわかる――とは言わない。


 ――なるほど、この兄殿下は、ふだんは妹姫とあまり接していないのだな。


 ナダは察した。家族であっても、いつも一緒というわけではない。王族の兄弟姉妹など、案外、同じ城に住んでいても顔を合わせないこともあるものだ。同じく王族であるナダもその辺りは理解している。


 ――リーシン姫は、仲がよいと思っているようだが、所詮は王族の話。世間一般と比べて、それが仲がよいの範疇に入るかどうかは、わからぬ。


「では、仕方なしですな。やはり、身体検査なり、鑑定なりして、一度確かめてみるのがよろしかろう」


 少々失礼ではあるが、背に腹はかえられない。一応、フォルスと組んで策をひとつ考えてはあったが、ドラゴンに対する悪印象を与えかねない行為は、できればやらずに済むにこしたことはない。


「うむ、しかしだな……」

「このまま偽者かもしれないと、疑いを抱いて生活するのは苦しかろうと思います。白黒、早々にはっきりさせたほうがよい」

「それもそうだな……。わかった。調べさせよう」


 カーセンは覚悟したらしく頷いた。



  ・  ・  ・



 リーシン姫が本物かどうか。王子はそれを確認するように部下に言い渡し、侍女たちが調べることになった。

 ナダは、フォルスに頼らずに済むように祈りつつ、静かに待った。しかし、内心では望み薄かな、とも思った。

 カーセンは落ち着かない様子だったが、しばらくして、報告がきた。そして、王子殿下は声を荒げた。


「呪いだと!?」

「はい、姫様は、魔族に襲われた時に呪いをかけられたとのことで、触れると伝染するからと、触れないようにとおっしゃって――」


 ――あぁ、やっぱり。


 ナダは予感が的中したことに、自嘲したくなるのを何とかこらえた。

 魔族は潜入するにあたって、調べられた時の言い訳、対策をきちんと取っていたわけだ。疑われた場合、探られて困るから探られないように手を打っておく。魔族も、きちんと織り込み済みだったのだ。


 ――最終手段を使うしかないということだ。


 やれやれ、とナダは息をついた。カーセンは、報告にきた部下に若干苛立っていたが、これについては部下に落ち度はないので怒れずにいた。


「ナダ殿!」

「カーセン殿、私に考えがあります」


 ナダは冷静に、しかしきっぱりと告げた。

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