後日談106話、王子と王子


 ナダは歩国の王族であるヤマカミ一族の生まれだった。

 グーファイの兵に、第三王子であるとナギは言ったが、それは偽りなき事実である。

 証明せよと言われれば、ヤマカミ王家に伝わる『黄昏の宝玉』を出すこともできる。この宝玉は、ヤマカミの王子のみが所持を許される代物である。


 門のそばの休憩椅子にて腰掛け、ナダは静かに待つ。これからの段取りを頭の中で確かめていると、後ろに直立不動で控えているナギが小さく声を発した。


「若」

「見られておるな」


 城の方、門番の一人が、一人の御仁と何事か話込んでいる。本人確認が来るか、と平静を装いつつ待ったが、それからしばし待たされた。

 ある程度位があるとおぼしき御仁は奥へと引っ込む。さらなる上司に話を持っていったのだろう。


 そして、略式ではあるが出迎え用の衣装に着替えたらしいグーファイの第一王子が、近衛兵二人を連れて、ゆっくりとやってきた。

 ナダは席を立った。第一王子――カーセンは口を開いた。


「お待たせした、ナダ・ヤマカミ殿。よもや、ここで貴殿と再び会うことになるとは」

「久方ぶりです、カーセン王子殿下。お元気そうで何よりです」


 ナダは、カーセンを知っている。カーセンもまた、ナダを知っている。

 背が高く、自信に溢れた美男子――それがカーセン王子である。怜悧で、常に堂々たる行動は、味方であれば存在だけで頼もしく感じるであろう。線は細く見えるが、服の下は相応に鍛えられていて、武術にも長ける。


 なお、ナダは、カーセンと実際に会って直接話したのは、三年ほど前の話ではある。


「先触れを出したというのは、嘘であるな?」

「ええ、嘘です」


 軽く舌を出すナダである。周りで遠巻きに配置されていた門番らが目を剥くが、カーセンは笑った。


「貴殿が、修行の旅の途中と言って、ここグーファイを去ったのは我も覚えておる。そんな放浪者が、儀礼に乗っ取った先触れなど出す余裕があるはずもない」

「まことにお恥ずかしい。この身なりでは、不審がられても仕方ありますまい」


 ぱっと見で王子とわかる者など、知り合いくらいである。知らぬ者が見れば、十人が十人とも放浪剣士と判断するだろう。


「正規の手続きに乗っ取ったものではないことは、謝罪させていただきたい」

「しかし、我を名指ししたのだ。それなりの要件があったのであろう?」

「左様」


 一国の王子を呼びつけたのが、ただ『顔を見たかった』だけのはずがない。そもそも、そのような気安い関係でもない。


「その前に、確認しますか? 私が本物のヤマカミの者であるか否か」

「我には必要はないが……、一応、確認しておこうか。家臣どもがうるさいのでな」

「彼らも職を果たしておるのです、そう言わないであげてください」

「そうだな。面倒を増やしたのは貴殿の方であるし」


 ナダはそそくさと黄昏の宝玉を出し、見ているだろう重臣らを安堵させたのち、本題のための前置きを始めた。


「リーシン姫はお元気ですか?」

「……」


 途端にカーセンの表情が曇った。ピリピリとした気配。武人としての気は、並みの者たちを一瞬で萎縮させてしまうだろう。……ドラゴンのそれと比べれば、そよ風だが。


「何が言いたいのだ、ナダ殿?」

「先日、誘拐されそうになったと小耳に挟みましてな」

「耳が早いな。それを聞いてすぐに馳せ参じたのか?」


 相変わらず警戒の目を崩さないカーセン。姫誘拐未遂の話を聞くとすれば、この王都内だろうと思ったのだろう。


「貴殿は、我が妹と面識があったか?」

「その答えは、ノーであり、イエスです」


 何食わぬ態度のままのナダである。カーセンはピクリと眉を動かした。


「西の言い回しは、我は好かん。……何を知っている」

「事件の裏について、少々」


 ナダは顔は動かさず、視線だけ動かして周囲を見た。その動きで、カーセンは察した。


「場所を変えよう。立ち話でするものでもあるまい」



  ・  ・  ・



 王城内の客間に、ナダは通された。護衛のナギは部屋の外。室内は、ナダとカーセン王子、その護衛が一人だけとなった。


「さて、話してもらおうか」

「はい。しかしその前に、確認したいことがあります。リーシン姫がさらわれそうになったと言う話は、こちらではどのように伝わっておるのですか?」

「どうとは……いや、その辺りの確認も必要ということか。よかろう、私が受けた報告では、武装した賊による待ち伏せだったという。王都への帰りに奇襲を仕掛けられ、50はいた護衛もほとんどがやられたという。そして姫とわずか数人の近衛が、命からがら逃れてきた、と」

「賊、ですか」

「左様。もう間もなく、我が妹を襲った不埒な賊を討伐するための部隊を出陣させるところである」

「……つまりは、賊を見ておらんわけですな」

「ナダ殿は、賊を知っておるのか?」


 カーセンは声を弾ませた。


「であれば、話が早い。討伐部隊に加勢してくれぬか? 貴殿ほどの強者であれば、我らも心強い!」

「その必要はございませぬ。すでに賊のアジトは掃討しました故」

「なんとっ!?」


 第一王子は驚いた。


「も、もう討伐したとっ?」

「行きがかり、襲撃現場の痕跡を見つけましてな。魔族の気配を察して、追ってみれば敵のアジトを見つけ、そこで討ち滅ぼした次第」

「なんとなんとっ! 三年前に武道大会を制した強者が、すでに事件を解決したとは! これは痛快!」


 カーセンは喜んだが、ナダの表情が微塵も揺るがないのを見て、落ち着きを取り戻した。


「すまぬ、昨日から賊への報復ばかり考えておったのでな……。しかし、魔族と申したか」


 敵の正体が人間の盗賊だと思っていたカーセンは、人ではなく魔族であったことに神妙な顔になった。


「魔族は、人間の国の指導者層に入り込み、そこから国を弱らせようという策を用いたのです。姫君が狙われたのも、その一環」

「なんと卑劣な……。いや、そういえば西のとある帝国が、そのような手で攻められたという噂があったな。何年か前の話だ」


 第一王子にも心当たりがあった。ナダは、思い出したように言う。


「そういえば、姫の従者にフォイという男がおりましたが、彼はどうなりました?」

「その者は……確か襲撃の際に我が妹を庇い、壮絶な討ち死をしたと聞いた」


 忠義者であった、というカーセンだが、ナダはあっさりした口調で言った。


「生きておりますよ、フォイは」

「え……?」

「話が噛み合いませんなぁ」


 ナダはとぼけるように言った。


「どうも情報に齟齬があるようですな」


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