後日談82話、服とスカートの中には


 ブィ・ペルスコットとルフ・ペルスコットの戦いは、パンクファッションとメイドファッションという、かなり異なる外見の取り合わせとなった。

 だが、ぱっと見の衣装違いはあれど、その戦い方はとても似ていたりする。


 ヴィのだぼったい長袖から飛び出す鉄針。かと思えばルフはメイドスカートからナイフを抜いて投擲する。

 距離をとれば飛び道具。近接すれば――


「くったばれよ! 糸目ェ!」


 長袖が鞭のようにしなり、振るわれた。ルフが頭を傾けて避けると、手に電撃をまとわせ、踏み込む。


「お嬢様、ハートブレイクのお時間ですー!」


 ズドン、と電撃の拳がブィの胴に直撃し、パンクな少女は吹き飛んだ。しかし首をかしげたのは、ルフの方だった。


「あらあら、まあまあ……?」


 手甲に鉄針が刺さっていた。それ以前に。


「入りませんでしたねぇ」

「――たくよー、痺れたつーのっ!」


 ブィは起き上がる。厚ぼったい黒い服から蒸気が上がっている。だぼったい服に見えて、守りは厚いのだ。


「噂は聞いてるぞ、変態メイド。飛びっ切りイカれた糸目女がいるってよぅ」

「私も、見た目を怖くして威嚇する弱虫の噂は聞いてますよー」

「あぁ? 殺すぞてめぇ」

「もう殺し合いしてるじゃないですかぁ? お馬鹿さんなんですか?」


 煽るルフ。ブィは、再び袖からの鉄針投げをした。ルフはそれを避け――しかしタイミングがズレて飛んできた新しい鉄針に気づき、かろうじて手甲で防いだ。


「おいおい、余裕ぶっかましているからだぞ、変態クソメイド」


 ブィは嘲笑する。しかし糸目かつ淡々としたルフに、感情の乱れは感じられない。


「なるほど、袖を振るうことで、タイミングを図らせ、その予想を裏切るタイミングで裏に忍ばせる二段構え……やりますねぇ。小賢しくて」

「へん、暗殺者に卑怯もクソもねえんだよ!」


 ブィは大仰な仕草で、まるで舞を踊るように横に一回転。すると袖から短槍が飛び出した。


「!」


 明らかに服の中に仕込むというレベルではないものの出現に、一瞬、ルフは目を奪われた。が、真っ直ぐ飛んでくるだけの槍を躱すのは造作もない。だが、鉄針が追い打ちのように無数に飛んでくる。


 短槍を飛ばした後も、ブィは舞っていた。腕を振るうたび、ジャンプして足を前に蹴り出すたびに、仕込み鉄針を飛ばしていたのだ。それはルフが槍を避ける間にも、二の手、三の手として放たれている。

 ルフの行動を予測し、回避先に鉄針が行くように攻撃していたのだ。


 哀れルフは、ハリネズミ、ただし刺される方として、やられる――こともなかった。

 スカートから盆――プレートが出て、舞うように回転。ルフは鉄針の雨をプレートを盾にして凌いだのだ。


 ダンスにはダンスで対抗するかのようなプレードガード。プレートが鉄針だらけになるが、見事、体への被弾を避けた。


「残念でしたねぇー。マッド・ダンサー?」


 プッ――ブィが唇に挟んでいた鉄針を飛ばした。最初の回転の際に、口元に手を当てた時、すでに咥えていた。飛ばした鉄針はルフの眉間に迫る。

 不意打ちだった。しかしすっとよぎった刃が、鉄針を弾き飛ばす。


「危ない危ない。……仕込み刃がなければ、届きませんでしたねぇ」


 ルフの手甲から剣のような刃が出ていた。拳を使った格闘スタイルながら、手甲に刃を仕込み、そこからの刺突や斬撃をするのが、彼女の得意スタイルだった。


「私に刃を使わせたのは、お見事と言っておきますよ、ブヒブヒさん」

「あ?」


 カチンとくるブィ。糸目のルフが妖艶に笑みを浮かべた。


「すみません、ブィブィさんでしたね。本当にすみません。初めてお名前を聞いた時から豚の鳴き声みたいだなぁ、と思っていましてー」

「殺すーっ! クサレ変態メイド、クソ殺すぅ!」

「だから、もう殺し合いをしているじゃないですか」


 スン、と冷めた顔になるルフ。


「テンプレートなんですよ、臆病者さん」


 ふっと、ルフが駆け出すと、前に回転しながら距離を詰めてきた。メイド服を着たままのその動きに、一瞬ブィは虚を衝かれた。


 暗殺者が敵を前に視線を外すという命取りな行為。本来ならブィは、その千載一遇の機会を逃さなかった。

 が、やはりメイド服というルフの格好が、そのような行為をするはずがないという思い込みを誘い、さらにスカートから何かがパラパラと落ちるのが、目に入ってしまった。


 鍛えられた暗殺者だからこその動体視力が、それを逃さなかった。だがそれが何かを脳が理解するより早く、落ちた小さなものが大きな音を立てて破裂した。


 このわずかな間に想定外のことが連続して起きたことが、ルフの隙を見逃してしまった。飛び込んでくるメイド服の暗殺者に対して身構えるブィ。踵落としか――ルフは回転し、上から足が落ちてくると思いきや、彼女は足を広げていたため、スカートの中の下着を、ブィは目の当たりにすることになる。


 同性の下着に欲情するような趣味はないが、その股間の間に見えた顔らしきものに、ブィの視線が釘付けになってしまった。

 人間、あり得ないところに何かを見ると、それが何かつい本能的に見てしまうのだ。


「く、クマ……!?」


 クマの絵柄の、何とも子供っぽいパンツだった。だがそれがわかったところで、ブィは己が致命的なミスを犯したことに気づき、そしてそれを受け入れた。


「反則だろ――」


 ブィの顔面を刃が突き刺さり、そして貫いた。

 ルフの手甲に仕込まれた刃だ。回転して近づき、ブィの目の前に着地すると、そのまま真っ直ぐになろうとする体の勢いに任せての突きである。


「――大丈夫。ちゃーんと、穿いてますよぉ」


 ルフは、今し方、殺しをしたとは思えないスマイルを浮かべる。メイドがその仕事を終えたように粛々と。

 審判役が、ルフの勝利を宣言する。暗殺メイドは、顔面が潰れたペルスコットの暗殺者だったものを一瞥する。


「すみませんねぇ。ブヒブヒさん。私、ブタにお茶をご馳走する趣味はないんですよ」


 彼女の視線は、観戦していたガル――次の対戦相手へと向く。


「あぁ、次の相手がイケメンの彼なんて。これはぜひお茶を用意しなくてはいけませんねぇ……。たーっぷり、味わってもらうために」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「魔王を討伐した豪腕勇者、商人に転職す-アイテムボックスで行商はじめました-」コミック4巻、発売中! ご購入よろしくお願いします!

書籍・コミック1~3巻、HJノベルスより発売中!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る