後日談80話、同期対決


 ガルの本音を言えば、他人の勝ち負けにさほど興味はなかった。

 敵は排除する。それが同期であろうとも、だ。


「まさか兄弟とすぐに戦うことになるなんてなぁ」


 ペシクは皮肉げに笑った。暗殺者として同期、そして同じくペルスコットの名を授かった者同士だ。

 次の当主を決めるペルスコットの者同士の戦い。その第三試合は、ガルとペシクだった。ペルスコットの名を継ぐ者ではあるが、もちろん血の繋がりはない。


「相変わらず、すかした野郎だ。気味が悪いな。人形みたいだ」

「……お前は相変わらず口数が多いな」


 ガルは言い返す。すっと剣を抜き、構える。ペシクもまたファイティングポーズを取る。彼は近接格闘系の技の使い手だ。武器は使うが、基本は手甲での殴り、蹴りなどの体術中心である。


「思い出すなあ。オレとお前は、よく組み手をやった仲だ」

「……そうだな」


 同期の若手連中の中で二番目か、三番目くらいに接した時間が長いと記憶している。なお一番親しかった者は、卒業試験の時に殺した。いつも、殺しを強制されるのだ。ここでは。


「まあ、これで最期だな、兄弟」

「……そうだな」


 それが合図だった。ガルは体を低く、ペシクの懐に飛び込む。しかしペシクもまた前に突進し、ガルの顔面めがけてひざ蹴りをぶつけようとする。

 その膝を左手で瞬時に押さえ、直撃を避けるガルだが、ペシクは右拳を叩きつけてくる。それでガルの左手を殴る――前に、ガルの右手の剣がペシクの腕を刺し、ガキンと金属音を響かせた。


 刹那の動き。二人はそれぞれ距離を取っている。


「相変わらずの手の速さだ、色男」


 ペシクは右腕を振った。手甲はガルの刺突を許さず弾いたのだ。


「少しは鈍っているのを期待したんだがな。真面目に鍛錬は続けていたらしい」

「……」


 次の瞬間、ペシクが飛び込んできた。素早い拳のラッシュ。ガルは剣で弾き、あるいは回避して、ペシクの嵐のような猛撃を掻い潜る。


 そうして躱す一方で、金属音が何度も響いた。目にも留まらぬスピードの中、ガルもまた反撃するが、そのカウンターをペシクはきちんと防いでいるのだ。攻撃一辺倒ではなく、守りもまた堅い。


「やるなぁ、兄弟。相変わらず武器の冴えはピカ一だ。だがお前、汚ぇ手を使わないとオレには勝てないぞ?」


 ガチンと両の拳を突き合わせるペシク。その瞬間、衝撃波が起きて、ガルを吹っ飛ばした。見たことのない新技、魔法の類いかもしれない。


「お前の流儀もわからないわけじゃねえがな。殺しのテクニックが、武器の扱いを突き詰めたスタイルってだけだ。悪くはねえが、ちょっと暗殺者としては邪道だな」


 ペシクは距離を詰める。


「もっと手段を選べよ。オレたちは暗殺者だ」

「……そうだな。俺たちは暗殺者だ」


 ポツリと、ガルは告げた。


「よく喋る舌だが、もうそれが聞けないのは、寂しくもある」

「……」


 ガルは、すっと剣を引いた。ペシクは切られ、そして倒れた。すでに絶命していて、ピクリとも動かない。


「勝者! ガル・ペルスコット!」


 審判役が宣言し、しかしガルは無表情のまま場を立ち去った。同期の死体を振り返ることもなく。



  ・  ・  ・



「はぇー……今の見た?」


 待機所から試合を見ていたブィ・ペルスコットは、周りのペルスコットたちに聞いた。短い黒髪にパンクなメイクをした女である。第二試合の勝者として、次に進むことが決まっているせいか、実に饒舌だった。


「ペシクの奴、いつ死んだ?」

「……」

「おいヒッツェ、てめえに聞いてるんだよ!」


 陰気な魔術師ヒッツェ・ペルスコットに声を荒げるブィ。ヒッツェは肩を叩かれ、顔をしかめる。


「いったいなぁ! わかんないよ、僕にはガルの攻撃見えなかったもん」

「あー、お前、死んだ! 絶対死んだわ、ケッケッケ!」


 ブィが姦しく笑った。暗殺者が敵の手を見たにもかかわらずわからないでは、話にならないのだ。


「近距離で打ち合っている時だ」


 赤毛のトリーンが、いつになく真面目な顔で言った。


「ペシクとガルのスピードは互角に見えた。が、実際はガルの方が速かった。同じ速度に見えたのは、ヤツが合わせていただけだ」


 一同は押し黙る。トリーンは続けた。


「あいつが刺した時、ペシクはそれに気づいていなかった。やられていたことに気づかず、動いて、そして死んだ」

「あらまあ、それは怖いですねー。ウフフ――」


 糸目のルフ・ペルスコットは、妖しく微笑んだ。


「死んだことに気づいていない、なんて……。ペシクさんもお気の毒に。――ねえ、ヒッツェ君?」

「……」

「おい、根暗。呼ばれてんぞ」


 ブィが、隣のヒッツェを小突く。その瞬間、陰気な魔術師の体が椅子からズレて崩れるように床に倒れた。


「え……?」


 ブィ、そしてトリーンが、突然のことに唖然とする。ルフがメイド服のスカートを捲り上げた。ブィが目を剥く。


「ちょ――」

「同期のよしみなので、最期に私のお茶をご馳走しますねー、ヒッツェ君。味わって」


 もの言わぬヒッツェだったものに、液体をかけるルフ。あまりのことに、ブィもトリーンも絶句している。


 ――こいつ、観戦中に、陰気野郎を殺しやがった……!


 トリーンは心の中で呟く。ここまで三試合。第四試合の組み合わせは残すところ二人。つまり、ヒッツェとルフでほぼ確定していた。


 そして待機所でも殺しは成立する。ルフは、勝手に試合を始めて相手を始末したのだ。やってきた監督官役のハミット・ペルスコットは、第四試合はやる前に終了したと宣言するのだった。


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