後日談79話、ペルスコットの子たち


 ペルスコットの庭には、屋敷があり、訓練場があり、そこがそのまま決闘場でもあった。

 後継者だったフェンライトと歳の近い世代のペルスコットの名を持つ暗殺者たちが集まり、一族を継ぐ。


 こういうやり方だということは、真のペルスコットの血筋は、実はとうの昔に絶えているのではないか、とガルは思った。


 ペルスコットの名前をもらった者たちばかりを競わせた上で、勝ち残った者が一族の長となるというのであれば、その始まりの一族はもはや残っていない可能性もある。


 というより、今回の戦いで誰が残ろうとも、真のペルスコットの血筋の者はいない。名前だけの別の血筋が主流になるわけだ。


 しかし、それを口に出す候補者はいなかった。少なくともガルは、そんなものに興味はないし、真の血がどうこうと騒ぐ立てる者はいないだろう。どいつもこいつも、出自の怪しい拾われ者ばかりのはずだから。


「まあ、オレはとくとお前らの戦いぶりを観戦させてもらうわ」


 赤毛のトリーンが、適当な調子で言った。

 一つの待機所に8つの椅子、輪になって配置されている。すでに1人が倒れたために空席がひとつあり、残る7人はそれぞれ席に座り、互いを牽制するように見ている。


 戦いは1対1ということになっている。8人、もとい7人が2人ずつ争い、最後の1人になるまで戦う。

 生き残るのは1人。7人のペルスコットが死ぬ。修行中に一緒に行動したり、暗殺をコンビで遂行したりした仲であろうとも。少なくとも、同期はいても、互いに表立って友人というような関係ではない。


「つーか、ガル。お前、その席、勝負が見えなくね?」


 トリーンが言えば、ペシクも薄ら笑いを浮かべた。

 待機所から、決闘場が見下ろせる仕組みになっているが、輪になって席が配置されているので、決闘場に背を向ける席が必ず出る。どの席に座るかは、早い者勝ちなところもあって、トリーンは抜け目なく、決闘場と、他の席を正面に見える椅子をとった。逆にガルは、普通に着席すれば振り返らないと見えない席だ。


「……」

「けっ、スカした野郎だ」


 トリーンは舌打ちする。


 この後継者選考の勝ち抜き戦は、決闘場で戦うだけが勝負ではない。最後の1人が決まるまで、場外乱闘よろしく、他の候補者を殺してもよい。


 ペルスコット家は暗殺者の一族である。戦う技術は必須だが、殺す方法についても優れていなくてはならない。そしてその方法は問わない。

 他の勝負を観戦している最中でも、殺害が許される。勝負を見て、他の候補者の観察に夢中になっていると横や後ろから、刺されることもあり得る。

 だから、基本、勝負をしていない候補者たちは、互いを監視して睨み合いを続けるのである。


 ルール上、待機所で他参加者全員と戦っても許されるが、普通に考えれば、そうはならない。

 何故なら、最初に4人が脱落。次に2人が脱落したら、最後の相手と戦って勝てば終了だからだ。

 最大3人殺せば終わるのに、わざわざ戦わなくても死ぬ奴の相手をする必要はない。

 あまつさえ、相手によっては対戦相手を楽させてしまうだけになるから、よっぽどのアホか油断をさらさない限りは、生かして消耗させるのが得策なのだ。


 対戦相手がどういう組み合わせになるかは、ハミットら年長組が決めるため、候補者たちは次に誰が当たるのか、今のところはわからないようになっていた。


「では、カオ・ペルスコット、ブィ・ペルスコット、決闘場へ」


 ハミットの呼び出しで、2人が退席する。残る5人は、待機所で睨み合い状態だ。

 ガルの番は、次か、その次だろう。残っている5人を目線だけ動かして眺める。


 正面は赤毛のトリーン。こいつはすでに一回戦を突破しているので、ガルの1回戦の相手候補からは外れる。

 ペシクと残り2人――陰気魔術師、ヒッツェ・ペルスコットと、黒髪糸目、そしてメイド服のルフ・ペルスコットのうちの誰かだ。


 少しして、背後で戦闘が始まった。正面のトリーンはニヤニヤしているが、ペシク、ヒッツェ、ルフは互いに正面を見やり、牽制しあっていた。


 カオとヴィが、どういう戦いをしているか、ガルの位置からはまったく見えない。一緒にいた頃のそれは、ほとんど役に立たないだろう。

 それぞれが暗殺者となってからも、その実力を高めていたからだ。むしろ、過去の記憶に縋ると、思わぬ落とし穴があるかもしれない。

 ガルは思わずため息をついた。トリーンはそれを見逃さなかった。


「どうしたイケメン。やっぱり戦いが気になるか?」

「……いや。こんなところにいても時間の無駄だと思う」


 どうせ戦うなら、魔王軍の残党がいい。ペルスコット家の当主など、微塵も興味がない。強制参加でなければ、さっさと一抜けするところだ。


「ほう。決闘を拒否するのか?」


 トリーンはせせら笑う。


「だったら、今すぐ首をかっ切りな。オレや他の連中にとっての時間の無駄を省けるぜ」

「それをやったら、お前は他の候補者の戦いを偵察できないだろう?」


 淡々とガルは言った。


「それはお前にとって、嬉しくないんじゃないか?」

「そりゃそうだ」


 ペシクがニヤリとした。ヒッツェが嫌味な顔になる。


「僕らの手の内知りたくて、真っ先にいい席をとったもんね、トリーンはさ」

「不真面目に見えて、超絶用心深いですからねぇ、トリーンは」


 糸目のルフが小首を傾けて、にへらと笑った。


「自信がないのかなぁ……?」

「おう、お前ら、オレに喧嘩を売ってるのか?」


 いきり立つトリーンだが、ガル以外の3人は、意地の悪い顔を崩さない。


「喧嘩は売らないぜ?」

「そうだよ。どうせぶっ殺すのが早いか遅いかの違いなだけだし」

「まあ、私たちの誰かと直接戦うことなく、ご退場ってこともありますしぃー」


 すっとルフが立ち上がった。


「お茶、淹れましょうか?」

「いらねえよ、どうせ毒入りだろうが」


 トリーンが速攻で首を横に振った。ヒッツェが嫌そうな顔になる。


「ねえねえ、ルフ。そのお茶って、まさか体内で貯めているアレじゃないよね……?」

「あら、もちろんソレに決まっているじゃあ、ありませんかぁー。大丈夫ですよ、同期のよしみなんでヒッツェ君には、アレ茶をいまここで! お出ししてもいいですよぉ」

「やめろ変態、スカート持ち上げるな。……こいつ、あの頃から変わってない」


 同じペルスコットの名をもらったとはいえ、あまり他の者のことは知らないガルだが、それなりに関係がある者もいるようだった。


「けっ、ほとんど勝負が見えなかったぜ」


 トリーンが不満げな顔をする中、どうやらカオ・ペルスコットとブィ・ペルスコットの戦いは終わったようだった。


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