後日談50話、残党と復讐


 火山島に、ワイバーンに乗ってやってきた覆面の男は、先の魔王ドゥラークが呼び込んだファイアードラゴンとその眷属によって国を滅ぼされたらしい。


 その復讐のため、こんな辺境の島にやってきた。大人ドラゴンのいなくなった島で、ドラゴンの卵を見つけたら、そのまま破壊して、この世から火属性ドラゴンを根絶やしにしようとしているらしい。


 ――フラムもその火属性ドラゴンの子なんだが……?


 ソウヤは内心で苛立った。故郷がファイアードラゴンと眷属たちに滅ぼされたのは痛ましい事件だ。多くの人がその襲撃の犠牲になり、生き残った人々には深い悲しみが残った。中には、復讐しようと思う人間もいたのだろう。


 それは理解できるが、しかしまだ生まれてもいない卵、その生命を奪うのはどうなのか。正しいとか間違っているとか、それはよくわからないが、端から聞いてあまり気持ちのいいものではない。


 そもそも、ドラゴンが自主的に襲撃しはじめたというのであれば、まだわからないでもない。しかしファイアードラゴンの件も、テリトリー侵犯に端を発したことが原因であり、一番悪いのは、彼らをこの絶海の孤島から引っ張り出した魔王軍にあるのだ。


 本当に復讐しなければいけない相手が違うのだ。だから、すっきりしない感情を懐くのだと、ソウヤは思った。


「もし、一つ聞きたいのだが」


 フラッドが淡々とした口調で言った。


「貴殿は、国が滅びたと言ったが、失礼ながらお国はどちらか?」

「?」

「某の記憶に間違いなければ、ファイアードラゴンの災厄に見舞われた国は多々あれど、滅びた国はなかったはずだが――」

「!?」

「村や町単位ならばあるかもしれぬが、貴殿は国と申した。国……国で滅びたといえば――あ、ひょっとして暗黒大陸の――」

「くそっ!」


 覆面の男が突然、槍を構えてフラッドに突きを放った。喉を狙った突きだが、素早く身を低くしたフラッドの頭の上をすり抜け、続いてリザードマンからのタックルを食らう。


「おうっ!?」

「貴様っ!」


 コレルも倒れた覆面男のもとへ走る。フラッドによって押さえ込まれた男は槍を手放したが、拳を固めてフラッドの横腹に一発をいれて抵抗する。次の瞬間、フラッドは覆面の男の首に腕を入れ、ゴキリと骨をへし折った。


「……つい、やってしまった」


 起き上がり、フラッドは自身の横腹を確認する。ナイフなどで刺されたかも、と思ったのだろう。こういう無我夢中に暴れる敵の無力化は難しい。反撃で致命傷を負わされる前に命を絶つことが、結果として自分の身を守るのである。


 主がやられたと見たか、ワイバーンが暴れ出した。突っかかってきたので、ソウヤドラゴンがその場で尻尾の一撃を見舞う。ワイバーンの体があり得ないところからくの字に折れて地面に崩れた。


 ドラゴンテイル。その一撃は、建築破砕用ハンマーが高速で激突するにも等しい一撃。手の上にはフラムがいて、尻尾とかブレスくらいしか使えなかったのだ。

 絶命したワイバーンをよそに、コレルはフラッドのもとへ。


「死んだか?」

「おそらく」


 コレルは、覆面を剥いだ。中から出てきた顔は――


「魔族だ。……なるほど。ファイアードラゴンとその眷属に滅ぼされた国ってのは、暗黒大陸にいた魔族の連中か」

「暗黒大陸にも人間たちの国があって、そういえば滅んだところもあったとか」


 フラッドが思い出しながら言った。


「ただ、魔族にとっては、暗黒大陸と聞いたら、自分たちのことがバレたと思ったんでござるな」


 元々、暗黒大陸は魔族たちのテリトリーだった。だから自分が魔族だと露見したと勘違いしたのだろう。


「魔族の生き残りが、ファイアードラゴンとその眷属に復讐か」


 コレルは怒りを滲ませる。


「将来、オレと契約する可能性のあったドラゴンの赤子を、生まれる前に惨殺とか……許せん!」

「コレル……」


 フラッドは若干の呆れも露わに首を振った。コレルらしいといえばらしいのだが、動機が不純である。


「ソウヤ殿、そちらは大丈夫でござるか?」

『こっちは問題ない。フラムも無事だ』


 ソウヤドラゴンは、手の上に乗る幼女の姿のファイアードレイクを見下ろす。

 この娘が生まれる前に起きた事件。傷ましい話だが、それでこの子の命を奪っていいものではない。真に報復されるべきファイアードラゴンと眷属は、すでにこの世界にはいないのだ。


 陰鬱な気分になるその時、頭上を高速で巨大飛行体が通り抜けた。見上げた先を飛ぶそれは、ゴールデンウィング二世号。


「あ……」


 それはその場にいる誰のものか。あるいはフラムを除く全員だったかもしれない。ソウヤも、ニアミスではなく、改めて見慣れたかつての飛空艇の姿に懐かしくなる。

 フラッドがコレルへと首を巡らせた。


「何故、ここにゴールデンウィング号が?」

「この島に来るとき、ちょいと接触しそうになってね」


 コレルは肩をすくめた。


「おい、ソウヤ、どうするよ? お前の姿、ライヤーに見られたぞ」

『あ……』


 飛んでいるゴールデンウィング二世号を見慣れているせいか、いつもの癖で見上げてしまっていた。


『今のうちに退散してもいいかな?』

「どうかな……。オレたちがどうやってここにきたか、その理由をライヤーに説明できる自信がない」


 コレルがわざとらしく目を回せば、フラッドも頷いた。


「うまい言い訳を考える時間がないでござるな。某も、ついポロッと、ソウヤ殿の名前を出してしまうかも」

『……あぁ、もうわかったよ。話せばいいんだろう、まったく』


 撤収するには、少し遅かったと思った。ソウヤは諦めて、人型になると、ゴールデンウィング二世号が着陸するのを見守った。



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