後日談42話、よろしくない再会


 コカトリスが、ソウヤドラゴンの登場で、慌てふためく。


 大地竜の島の頂点に君臨するのは、ドラゴンだ。石化に耐性があるアースドラゴンとその眷属を前にすれば、コカトリスなど巨大な鶏も同然だ。


『失せろ! 食い殺すぞ!』


 竜言語が通じるとは思えないが、ソウヤドラゴンが威圧を込めて咆哮すれば、コカトリスは翼をばたつかせて逃げ出した。羽根はあれど、空を飛べないコカトリスである。


『おとーたん、つよーい』


 背中にしがみついているフラムが歓声を上げた。

 後は、この島にやってきた侵入者――襲われていたこの人間だが……。


『!』


 その男は、ソウヤドラゴンを見上げていた。


 ――コレル!?


 まさかまさかの魔獣使い。かつての勇者パーティーの仲間がいた。こんな辺境の島にやってくる物好きで浮かんだそれが、まさか的中するとは。

 しかし自分がドラゴンの姿だから思うが、成人男性でも人間は小さい。


「お父さん?」


 首を傾げつつコレルが、そんなことを口走った。


 ――お父さん? こいつは何を血迷っているんだ……?


 ソウヤのほうが首を捻りたかった。背中のフラムが『おとーたん?』と改めて言った。コレルは驚愕する。


「やっぱり、聞き違いじゃなかった! 別種のドラゴンなのに、親子関係とは一体どういうことだ?」


 コレルは言った。そしてソウヤは気づく。


 ――そういやコイツ、魔獣と話せるんだっけ!


 勇者パーティー時代、共に戦ったコレル。全ての魔獣とお喋りできるわけではないが、かなりの種の言葉を理解でき、広い範囲で意思疎通できるという。

 これは一つの特別な才能というもので、魔獣の言葉を覚えたとか、それを魔獣の言葉で返したりはできない。鳴き声などを本能でわかり、人間の言動なのに、魔獣側にも伝わるという、一瞬のチートじみた不可思議能力なのである。


 ――フラム、以後、念話な。


『ええー? なんでー?』


 ――何で、でもない。いいから念話だ。

 ――はーい。


 コレルは、竜の言葉も本能的に理解できてしまうようだ。迂闊に正体バレするわけにもいかない。


 ――オレがドラゴンに変身できるとかわかったら、こいつ何をしでかすかわかんねえからなぁ……。


 魔獣のこととなると、加減を知らない。ドラゴンも自分の従魔にしたいと公言していたのを、ソウヤははっきり覚えている。契約とやらを持ちかけてきても、ソウヤとしてはノーセンキューである。


「答えてくれ! ドラゴンの――あ、いや、まずは礼を言う。オレはコレル。人間の魔獣使いだ。お前たちが、助けてくれたんだよな?」


 コレルが態度を改めた。



  ・  ・  ・



 絶体絶命だった。そこに颯爽と現れたのは、おそらく大地竜の眷属竜だろう。


 伝説の大地竜というには、やや貫禄を感じないのは、若いドラゴンだからだろう。コレルにはそれが本能的にわかった。

 それがコカトリスを追い散らしたのは、テリトリーを侵犯したからか。次はこちらの番か、とコレルは身構えた。


 ドラゴンにとって、テリトリー侵犯は死に相当する罪。比較的穏やかなドラゴンならば、テリトリー外へ逃げれば見逃してくれるが、気の短いドラゴンは、問答無用で殺しにくる。


 ではこのドラゴンはどうかと思えば、おそらく前者。でなければコカトリスは今頃、あのドラゴンの牙にやられている。


 ――話せばわかるタイプのドラゴンだ。


 コレルは察した。だがドラゴンは気難しく、そして傲慢だ。話せばわかると調子に乗れば、いつ命を奪ってくるかわからない。銀の翼商会にいたドラゴンたちは、希有な例なのだ。


 クラウドドラゴンとアクアドラゴンは、伝説竜と呼ばれるドラゴンだけあって、実に寛大だった。それと同格のアースドラゴンならばもしや、と思って大地竜の島に来たのだが、その眷属までが寛大かは別問題である。


 若い者にありがちな、血の気の多さは、ボスが穏やかだろうが関係ない。この辺りは子供の頃から育った王宮でも同じことだった。用も、約束もなく王族に会おうとする愚か者は、兵士や騎士たちが追い返す――それである。


『おとーたん、つよーい』


 お父さん?――聞き違いだろうか。つい若ドラゴンの雄姿に見とれて遅れたが、よく見れば背中に、オレンジと赤のドラゴンの子供が乗っているではないか!


 明らかに別の種のドラゴンだ。若ドラゴンとはまったく異なる、赤系統――ファイアードラゴンやその眷属である火属性ドラゴンの色である。


 これにはコレルは面食らった。どうして属性違いのドラゴンが一緒にいるのか。いや、それ自体はなくはない。銀の翼商会では、風属性、水属性、派生の霧属性、闇属性のドラゴンがいた。

 問題は、明らかに属性違いのドラゴンの子供が、若ドラゴンをお父さん呼びだったのか、だ。


 ――そういえば、銀の翼商会でもあったな……。


 ふと、勇者ソウヤに対して、影竜の子供たちが、父親と呼んで家族のように振る舞っていたのを、コレルは思い出した。


 ――そういや、さっきのコカトリスを追い払った声も、何となく覚えがあるような……?


 などと思っていたら、コレルの『お父さん?』の呟きが聞こえたらしい、子ドラゴンが改めて『おとーたん?』と口にした。聞き違いではなかった!


 好奇心が疼いた。若ドラゴンが、上から見下ろしているという、普通なら恐れる状況――コレルには、若ドラゴンがまったく怒っていないのを本能的に察していた――にも構わず、自分を抑えることができなかった。

 ……体の一部が石化状態であることを忘れるくらいに。



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