後日談40話、ある魔獣使いの出身 ――コレル
「悪いが、オレに取材はお断りだ」
魔獣使いのコレルは、従魔たちに構いながら、トド・アンダールから離れた。何か言いかけるトドを置いて、銀の翼商会――その社長であるセイジに声をかける。
「それじゃ、セイジ。オレたちは行くぜ」
「お気をつけて。……またどこかで」
「ああ、どこかで、な」
銀の翼商会のキャンプを出るコレルと、リザードマンのフラッド。そしてコレルの周りには彼が従える魔獣たちが付き従う。
「よいのでござるか?」
「何がだ、フラッド?」
元勇者パーティー組である二人は、魔王とソウヤが相打ちになった戦いののち、銀の翼商会を離れて、世界を旅している。
コレルはまだ見ぬ魔獣を求めて。フラッドは世界を見て回りたくて。
その道中、たまに銀の翼商会と接触することがあり、その時は休養がてら世話になっていたりする。互いに近況報告したり、情報交換だったり、だ。
「いつもはもう少しのんびりするのに、今回は随分とお早い出発だと思ったのでござる」
「まあ、あれだ。あの物書きの若先生がいたからな」
トド・アンダール。ここ最近、商会に同行しているようで、その旅に銀の翼商会の面々を取材している。
今回は、フラッドがインタビューを受けて、その次にコレルのほうへ矛先が向いたので、さっさと退散したのである。
「あんたはお喋りが好きだからペラペラとお話していたけどな、オレはそういうのは嫌いなんだ。……特に自分の話はな」
「魔獣使いの話をすればよかったのでは?」
フラッドが言えば、コレルはススキの原っぱを歩きながら首を横に振る。
「まあ、俺の可愛い獣たちの話ならいくらでもしてやるが、物書きさんが聞きたいのはそこじゃないだろう」
「わからんでござるよ。逞しいギガントコングのクレルの話とか、幾らでも興味を惹かれるでござるよ」
「なるほど。オレとこいつらとの出会いから、これまでを均等に全員分聞かせてやるか。……日にちがいくらあっても足りないな」
皮肉るコレルである。風に揺れるススキの先を一つとって、フラッドは言った。
「さすがにそこまで興味を持ってくれるかは、保証できないでござる」
「だろうな。……オレの話を全て聞いてくれる耳が、家族にもいたなら、オレの人生もまた違っていただろうな」
「ほほう、魔獣使い以外の人生でござるか。それは物書き殿でなくても、興味がござるな」
「そういえば、あんたにも話してなかったっけ。……オレの出身を」
「某が勇者パーティーに入った時には、すでにコレルはいたでござるからなァ」
フラッドは舌を覗かせた。
「聞いても?」
「オレの生まれは。レプブリカ国だ……レプブリカ国の第六王子。それがオレだ」
「王子!? 王族だったでござるか!」
フラッドは吃驚した。コレルは鼻をならす。
「……わかるだろう? だから物書きの若先生には話したくないってのが」
「王族なのに、勇者パーティーに加わったのでござるか?」
「まあ、行けと言われたからな。レプブリカの代表として」
コレルは、そばを歩くサーベルタイガーの背を撫でる。
十数年前、異世界から召喚された勇者ソウヤ。そのパーティーが編成される時、エンネア王国は、勇者の独占を各国から疑われないように、それらの国々からの希望者を厳選した上で参加を認めた。
エンネア王国出身者が比較的多かったが、グレースラントの聖女レーラだったり、パルラント王国の騎士メリンダ、エルフやドワーフからも仲間に加わった。
そしてレプブリカ国の代表として送り込まれたのが、コレルだった。
「はっきり言えば、オレは王宮の鼻つまみ者で、一族はオレを追い出したがっていた」
「そうなのでござるか? 何故?」
「オレが動物とお話して、従えているから」
コレルの答えに、フラッドは目を丸くした。
「魔獣使いが、魔獣と会話できるのは才能でござるよ!」
「オレは王族なんだよ。だから、そういう獣臭い才能なんて、卑しいんだとよ」
コレルの表情は曇る。子供の頃から、才能に恵まれた。しかしその才能は、王族として決して認められなかった。
「オレも王族の仕来りやら何やらよりも、獣と戯れているほうが楽しいから、清々しているんだがな」
エルフだったなら、その能力を認められて王族と両立できたかもしれない。
「異世界の勇者のお供ができるのは大変名誉なことだ――とか云々、それらしいことを述べられて、王宮から追い出された。連中にとって厄介払いだってわかっていたから、勇者パーティーに参加を認めた時も、身分のことは言わなかった」
「……」
「ぶっちゃけ、気にいらなければすぐに辞めてやるつもりだったんだがな。ソウヤは、オレの従魔たちと仲良くしてくれたし、こいつらもあいつを慕ったからな。それなら手伝ってやろうってなったわけだ」
「そうだったのでござったか……」
「今にして思えば、身分を明かさずにいてよかったと思っているよ」
勇者パーティーの仲間たちは、王族としてではなく、魔獣使いとしてコレルに接してくれた。自分の好きなものを否定されず、受け入れられた――それにコレルがどれだけ飢えていたか、一族の者には決してわからないだろう。
「きっかけは、『行け』って言われたからだけど、結果として感謝してる」
それがなければ、鬱屈したものを抱えたまま家を飛び出していただろう。その結果、人を信じることもなく、すさんだ人生を送っていたかもしれない。
「魔王討伐の旅については、常にオレはオレの判断で動いた。だから、後悔はないんだ。十年経っちまったが、家に帰るつもりはないしな」
コレルは、拳を突き上げた。
「さあ、まだ見ぬ魔獣を求めて! できればドラゴンを希望」
今はやりたいことに全力で迎える。それが幸せなのだ――コレルは意気揚々と足を進めるのだった。
目指すは大地竜の住まう孤島。
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