後日談21話:イーデンの海と沈没船と親睦会?4
イーデンの海は、とても澄んだ水色だった。この透き通る青さは、よく晴れた空の色を映したものだ。
明るく、浅瀬では砂まで鮮やかに見えて、海の中の景色を観光客たちに楽しませる。
――それにしても、妙なもんだ……。
ソウヤは目は景色を楽しんでいる反面、違和感を覚えている。
水の中なのに、呼吸ができる。肺呼吸ではなくなったか、と言われるとそうでもなく、海面に出ても普通に呼吸が可能で、水を飲み込んだ気がするし、たぶん飲んだはずなのだが、飲んだ感覚がない。
とにかく海水に対しての感覚が麻痺していると思われる。しかし理屈をつけようとするともう頭が混乱するだけなので、途中で諦めた。
――これは魔法だ。魔法の薬だ。
そう思うことで、もやもやを吹き飛ばす。実際のところ、この世界の人々は普通に飴による水中観光を楽しんでいる。
浜辺では家族連れやら、旅行者グループが遊んでいるが、海の中も、そこそこ人の姿があった。
その中には、銀の翼商会の仲間たちもいて、仲のよい者たちでグループを作って思い思いの行動を取っている。
ミストと影竜は、人型での水中での速さを競っているようで、泳ぎ回っている。
――何でこんなところでも張り合っているんだ、あいつらは……。
あまり馴染みはないが、まるで魚雷みたいに突き進む二人の姿は、人間というより水中での魚の動きに似ていると思った。案外、ドラゴン形態だとあのような形で泳ぐのかもしれない。
影竜の子供のうち、フォルスはオダシューらカリュプス組と一緒にいて、何やら水中での泳ぎ方を教わっているようだった。
もう片方のヴィテスは、クラウドドラゴンと浜辺近くで、足をつけながらの水中歩行をしていた。
ソフィアは、セイジ、ティス、リアハと、浜からほど近い沈没船のほうに向かっている。
――セイジはモテモテだな。
周りが女子だらけ。……と思っていたら、ソフィアパパであるイリクと兄サジーが、後ろからストーカーよろしく距離をおいて監視している。家族でなかったら明らかな通報案件になるところである。
ソウヤはと言えば、そばにレーラがいて、しかも手を繋いでいた。冷たいのは最初だけ、だいぶ水中の温かさに慣れたが、ソウヤは手から伝わるレーラの温もりを感じていた。
何故、彼女と手を繋いでいるかといえば――
『すみません、ソウヤ様。私、泳げないもので……ついでに言うと、水の中が怖いので』
スク水のようなワンピースタイプのレーラは小さく首を傾けて。
『手、繋いでいただけませんか……?』
――はい。
それでこの有様である。もっとも頼まれたからには、きちんとエスコートするのが務め。責任をもってソウヤは、レーラをガイドするのである。
水吸飴のおかげで、泳げなくても全然問題ないのだから、手を離したところで溺れるということはない。
――まるで月面歩行している気分だ。
若干の浮力のせいで、歩行というよりちょっと跳ねているような感じになる。もちろん、あくまでイメージであって、ソウヤは宇宙旅行も月面歩行の経験はない。
浜から段々深い場所へと移動。ガイドするように石が並んでいて、それを辿れば、観光用沈没船まで行けるようだった。そこそこ深さがあって、そのあたりまでくると普通に泳いでいる人の数のほうが多い。
ソウヤは、レーラを見る。彼女も見つめ返してニコニコしている。さすが聖女様。いつ如何なる時も笑顔を絶やさない。ただ、余所行きの作り笑いではないのは、ソウヤにもわかるから、レーラも楽しんでいるとわかってホッとする。
――難点があるとすると、声が聞こえないってことだな。
呼吸は問題ない反面、水の中だと声が出なかった。だから口頭で会話したければ水面から出る必要があった。水中では、もっぱらジェスチャーで対応する。
ソウヤが沈没船を指させば、レーラは頷きで答えた。しっかり手を繋いで、大ジャンプするように浮かび、彼女を引っ張る。
レーラがびっくりした顔になる。足が砂から離れて水の中を飛んでいるような態勢になったからだ。
――このまま泳ぐぞ。捕まって!
ソウヤは足を使って泳ぎ、レーラにも疑似水泳を体験させる。泳いだことがない彼女からしたら、空に飛び上がるような感じで海の中で飛び上がっているように見えるのではないだろうか。
――せっかくの機会だし、世間知らずな……いや世間に中々触れられない聖女様にも新しい体験を。
そんなソウヤの気持ちが伝わったのか、最初は驚いていたレーラも、柔らかく微笑んだ。
・ ・ ・
時間の流れというのは早いもので、所定コース内の沈没船を巡るツアーを終える頃には、呼吸可能時間の限界が近かった。
なお、飴の効果が切れるのが近くなると息苦しくなってくるので、それを感じたら早めに浜に戻るか、水上に待機しているボートに行くようにと、説明を受けている。
定期的に浜へ戻るボートが巡回しているので、泳げない人でも拾ってもらって、浜まで乗せてもらえるという寸法だ。
浜の近くには屋台が出ていて、食事や飲食ができた。
「泳ぐと案外疲れるものですね」
「レーラは運動不足じゃないか?」
「酷いです、ソウヤ様!」
何だかんだ休日を満喫した気分になるソウヤである。普段したことのない水着を着ての水泳に銀の翼商会の面々もすっかり楽しんだようだった。
「ヒュドラ肉が食べたいわね」
ミストが、屋台販売の焼き魚を食べながら言った。
「この魚に、味付けにショーユを使っているわ」
「バロールの町も近いから、タルボットの所で仕入れているのかもしれないな」
案外その繋がりで、タルボットは飴のことを知ったのかもしれない。
「ソウヤ、焼肉!」
「バーベキュー!」
影竜、そしてフォルスまで急かした。気持ちはわからなくもないが――
「ちょっとここの人に、適当な場所がないか聞いてくるわ。勝手にやったら苦情が来るかもしれないし」
ということで、ソウヤは貸し水着屋経由で、ここの偉い人に相談。ソウヤが銀の翼商会と聞くと、快く場所を提供してくれた。
「……何でだ?」
「大方、色々な場所を訪れる行商に、イーデンの海の素晴らしさを宣伝してもらおうという魂胆だろう。銀の翼商会も、そこそこ有名だからね」
昼間は姿を現さなかったジンがそう言った。なるほど、とソウヤは理解した。
許可が出たので、早速銀の翼商会で焼肉パーティーをやったら、先ほどの偉い人や店の人が興味をひかれたらしくやってきたので、ヒュドラ肉ではない普通の焼肉と野菜、そして特製焼肉ダレを使ったバーベキューを少々御馳走した。
「これは旨い!」
「商会長、これもいけるのでは――」
何やら新ビジネスの予感を感じたか、とても感謝されるソウヤたちだった。
「そういえば、こういう海辺でのお約束に、海のモンスターの襲撃はないんだな」
ポツリとジンは言った。そんなアニメや漫画みたいなお約束などあるわけがない――そう思ったソウヤである。そうそう都合よくポロリなど――
「ソウヤー! 狩ったぞ!」
海から水色ツインテール少女――アクアドラゴンがデカいタコの化け物を担いで現れた。
モロ出しじゃねーかっ!――水着を嫌がり単独行動をしていた彼女が、浮上して一騒動を巻き起こすのだった。
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