第616話、カーシュの危機
「お前が死んだ後、エルフたちをどうするか、だって?」
ソウヤは、ダークエルフ魔術師のもとへ近づく。殺気だった仲間たちに包囲されて逃げ場のないダークエルフ。だが彼は葉巻をくわえたまま、落ち着き払っている。
そんな魔術師に、有無を言わせず拳を腹部に叩き込むソウヤ。
「これから考えるさ」
意識を失い、椅子から滑り落ちるダークエルフ魔術師。ソウヤは、魔術師をアイテムボックスの時間経過無視空間に放り込む。
メリンダが「ソウヤ!」と非難めいた声を出した。遺体を冒涜した敵の命を奪わなかったから? こいつは保険だ。眠らされているというエルフたちを見つけられなかった時の尋問用に。
「オダシュー、室内を捜索しろ。まだ他に部屋があるかもしれない」
「了解」
「他の皆も、手の空いている者はエルフたちがいないか探してくれ」
ソウヤは指示すると、ダークエルフ魔術師が座っていた椅子に腰掛ける。
「カマル、レーラ、ちょっと話に付き合ってくれ」
「話と言うのは?」
カマルが腕を組む。
「わかるだろう? ここにいるエルフたちのこと」
ダークエルフ魔術師曰く、死体から再生させたエルフたち。本来は死んでいるこのエルフたちをどうするべきか。
「何というか、ここまでちゃっかり介入してしまってから言うのもなんだけど――」
「エルフたちの問題だ。エルフたちに委ねるべきだと俺は思うが?」
カマルはきっぱりと言った。丸投げである。
「レーラは?」
「元々死んだ方々というのはわかります。でも新しい魂を得て、今こうして生きている」
視線は自然と、再生エルフたちに向く。あれだけ騒ぎになり、怒号が飛びかっても反応がほとんどなかった彼、彼女たち。
「あれは生きていると言えるのか?」
カマルが疑問を口にしたが、ソウヤは嘆息した。
「お前、それをカーシュの隣にいるアガタに言えるか?」
「言えるか言えないか、と言われれば言えるが……その時はきっと、カーシュに殴り倒されるな」
でも、とレーラは眉間にしわを寄せた。
「体はそうでも、新しい魂という時点で別人ですよね?」
「そうだろうな」
ソウヤは、以前、フラッドによる魂の交信を思い出す。
「生前のことが残っていない。姿はそのままでも、アガタや、あのエルフたちは、もう死んでいるんだよな」
「……」
沈黙。カマルもレーラも、言葉にならないようだった。側で聞いていたリアハとミストも無言。
その時、唐突に通信機が鳴った。ソウヤは通信機のスイッチを入れた。
「ソウヤだ」
『――レだ! コレルだ!』
通信の頭が切れていた。コレルの切羽詰まった声がした。彼は、カリュプス組と集落の周りを探索していたはずだ。
――まさか、魔王軍がクルの森に来たのか!?
『そこにレーラはいるか!?』
「いるけど、何だ? どうしたんだ!?」
何をそんなに慌てているのか?
『カーシュが、死にかけている! ソウヤ、共有ボックスを見ろ』
「カーシュ? 見つかったのか!?」
『見ろ!』
コレルが怒鳴り、耳にキンときた。ソウヤはアイテムボックスを確認。ソウヤの渡したアイテムボックスの中で、共有空間というものがある。そこに入れているものは、別のアイテムボックスから取り出せたりする。
「カーシュ!?」
アイテムボックス欄に、カーシュの名前があった。
『見たな。もうほとんど死にかけてた。すぐレーラに治癒魔法を使ってもらえ!』
「わかった! ――レーラ、カーシュが瀕死だ。今、ここに出すからすぐに治療を!」
「は、はい!」
「行くぞ――」
アイテムボックスから、カーシュを出す。胸や首から出血し、服も真っ赤になっている元聖騎士が出てきた。
「カーシュ!」
本当に瀕死ではないか。動揺するソウヤをよそに、レーラが聖女の奇跡、最上級治癒魔法を行使する。眩い光が室内を満たし、その光の中で、カーシュの傷がみるみる癒えていく。
光が消え、レーラがその場に膝をつく。
「カーシュ様!」
その脈を確かめ、レーラは一息ついた。
「生きてます。間に合ったようです」
「よかった……」
ソウヤもいつの間にか膝をついていた。通信機から騒音じみた怒鳴り声が聞こえてきたので、ソウヤは返事をした。
「コレル、オレだ。カーシュは間に合ったぞ」
『……そうかっ、よかった』
通信機から安堵の声がきた。ソウヤも肩から力が抜ける。
「グッジョブだぞ、コレル。どこだか知らないが、お前の機転がなけりゃカーシュは死んでた」
場所は知らないが、緑の墓所の外にいたコレルである。そこからソウヤたちのいる場所まで運ぶ、あるいはソウヤたちが駆けつけても、おそらく途中で事切れていた。
「しかし、よく間に合ったな」
一連のことを見守っていたカマルは、しかし首を傾げた。
「ソウヤ、わからないんだが、お前のアイテムボックス以外は、生物は入らないんじゃなかったのか?」
死体はアイテムボックスに入るが、生きている人間、動物などは、通常のアイテムボックスには入らない。それがこの世界の常識だ。
「勇者パーティーにいた者には、共有空間での受け渡しのためにオレがアイテムボックスを渡したろ?」
「ああ。俺も持っている」
「で、コレルも持っているんだが、彼に渡したのは特別に、オレのと同様に生物も入るように設定してあるんだ」
「何でまた……」
「忘れたのか? あいつは魔獣使いだ。自分の従魔が瀕死の傷を負った時、オレの時間経過無視ボックスにしまって延命できるよう、あいつのは生き物OKの設定にしてあるんだよ」
「あぁ……」
カマルが納得したような声を出した。
「あいつなら、言いかねないな。ソウヤが瀕死の仲間をアイテムボックスに保存しているのを見て、自分の従魔も、って思わないわけがない」
コレルにとって、魔物たちは家族である。勇者パーティーの仲間たちと同等の扱いを、というのが、彼の言い分である。
「まあ、それはともかく、今はカーシュだ」
エルフたちは依然として不明のまま。カーシュが瀕死で発見された理由とは、いったい……?
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