第615話、命の価値


 クルの森のエルフたちはどこにいるのか?


 緑の墓所にいるのは、おそらく以前より埋葬されていた死体。では、集落にいたはずのエルフは?


 それがわからないまま、迂闊にこのダークエルフ魔術師を手にかけては駄目だと、ソウヤは考えた。


 たとえ、エルフの亡骸を利用した、常軌を逸する思考の持ち主だとしても。


「集落のエルフたちは生きているよ。私は慈悲深いからねぇ」


 ダークエルフ魔術師は、どこか適当な調子で言った。


「ただ、ここで私が密かに研究していたのを邪魔してきたからね。魔王軍が収穫にきた時に私が品物を納品するまで、大人しく眠ってもらっている」

「収穫……」

「エルフたちのここだよぉ」


 ダークエルフ魔術師は、またも自分の頭を指差した。


「魔王軍は、浮遊装置や、魔導兵器の制御システムに使うために、エルフのここを欲している。来たるべき戦争のために、魔王軍は集めているんだよぉ」

「あの、ひとつよろしいですか?」


 レーラが青ざめつつ、しかし気丈に言う。


「魔族が、エルフを収穫にくると貴方は言いましたが、貴方は眠っているエルフの方々を差し出すつもりはないと?」

「言っただろう? 生きている者を殺して素材にするやり方は好きじゃないって」


 ダークエルフ魔術師は肩をすくめる。


「生きている者は何でもできる。そういう者の命を奪って、これ、というひとつの目的のために処理してしまうのは、もったいない……と、私は常々思うのだ」


 だから、と、魔術師は言った。


「もう使い道のないものを再利用すれば、生きている者を死なせずに済むわけだ」


 ――こいつは……!


 ソウヤは、察した。


 この魔術師は、別に生きているエルフの命を守りたいとか、人命云々の話をしていない。あくまで『物』として見ているのだ。


 生きている存在は、生きている限り、いろいろ利用できるから殺してしまうのはもったいない。その素材を取ることで死んでしまうと、他に使えないから、結果として殺してしまうことになる物については、すでに死んでいるものを再利用しよう、ということだ。


 ――こいつは、命を物としてしか見ていない。


 だから死体を利用しようと言える。その死体の、生前の頃など知らないし知るつもりがないから、このような忌まわしい所業ができるのだ。


「もしお前の目論見通りいったとして――」


 カマルが、極力感情をそぎ落としたような声を発した。


「お前が眠らせたというエルフはどうするつもりだ? 解放するのか?」

「んー、そうだでねぇ。今のところ、私のテーマではないし、事が済んだら集落に戻してあげよう。何せ――」


 ダークエルフ魔術師は皮肉げに口もとを緩めた。


「エルフは、人種と比べても長寿のせいか、中々増えないんだよねぇ。ちょっと乱獲などしたら、簡単に滅びてしまう。さすがにそれは、もったいない」


 何がもったいないというのか。リアハやメリンダなどは、これ以上ないほど怒気を漲らせている。ガルやオダシューも静かに殺意を発していて、もしここにカーシュがいたなら、速攻でぶち殺しにかかったのではないか。


 そのカーシュも、眠っているエルフたちと一緒にいるのだろうか?


「悪いが、お前のここでの仕事は終わりだ」


 ソウヤは、ダークエルフ魔術師を睨んだ。


「何故なら、お前が『品物』とのたまった物は、魔王軍には届かないからだ。オレたちが、そんなことを許さない」


 魔王軍に兵器となるものは渡さない。エルフたちをこれ以上犠牲にはさせないし、集落のエルフも助ける。


「眠っているエルフたちはどこだ? 今すぐ解放するんだ。お前がここでやっている研究は、ここで終わりだ」

「……冷静に見えて、お前も愚か者だったようだなぁ、ソウヤ」


 ダークエルフ魔術師は苛立つ。


「ああもう……。私がここで作業をやらなければ、クルの森は焼け、エルフたちは根刮ぎ連れ去られて殺されて兵器にされてしまうのだぞ! 何でこんな簡単なことがわからない!」

「そうはならない。魔王軍の企みは潰える」


 ソウヤは言い返した。


「人類はすでに魔王軍へ対抗するべく動いている。奴らが侵略してくれば、その時は人類一丸の反撃を受けて、撃退される。そして魔王は、オレが勇者の名のもとに倒す」

「勇者……勇者か!」


 ダークエルフ魔術師は笑い出した。仏頂面だったミストが呟く。


「ねえ、ソウヤ。こいつ始末していい?」

「どうやら、私がここにこもっている間に、人類はそれなりに備え始めたらしい。だがなぁ……間に合うのか、人類は? 魔王軍に勝てるのか?」

「勝つさ。人類は」


 即答するソウヤ。しかしダークエルフは笑みを浮かべたままだった。


「まあ、啖呵を切ったくらいだ。実際どうなるかわからんが、勝つとしか言いようがないわな」


 魔術師は椅子にもたれた。


「さあて、困った困った。私はおそらくここで果てるだろう……。魔王軍らしく、最後まで抵抗して嫌がらせをすべきか、はたまた彼らの要望どおり、エルフを解放するか……はてさて」

「どこまでもふざけた奴っ!」


 メリンダが怒鳴った。しかしダークエルフ魔術師は平然と、というより表情ひとつ変えない。


「どっちに転んでも私の運命は決まっているんだ。選ばせないなら、さっさと殺せ……あ? そうか、集落のエルフがどこにいるかわからない間は、下手に私を殺せないか。失敬失敬」


 ダークエルフ魔術師はローブの裏から小さな筒のようなもの――葉巻を取り出すと、指先から小さな火を出してつけた。


「魔王軍に所定の脳を提供できない時点で、帰れないわけだし、ここの人間たちが私を生かすとも思えない。ツンでるなぁ、これは」


 葉巻をふかして、ダークエルフ魔術師は、うんざりしたような目を向けてくる。ソウヤの周りでは、武器を手にした仲間たちが、今か今かと待っている。エルフたちのことがなければ、もうとっくに、このダークエルフ魔術師の命は尽きていただろう。


「最期の一服の間に、私から聞いてもいいかなぁ?」

「そんなことより、エルフの人たちを早く解放しなさい!」


 リアハが、メリンダが、前に出て距離を詰める。ガルやオダシューも魔術師を包囲するように動いている。


「せっかちな連中だぁ。まあいいや……。私が死んだ後だけど、ここのエルフたちの処遇はどうするつもりだ?」


 虚ろな目で、ガラスケースの向こうにいるエルフたち。ダークエルフ魔術師によって新しい魂を授けられたエルフの死体だったものたち。


「まあ、私の知ったことじゃないけど、冥土の土産に教えてくれないかぁ?」

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