第603話、追い風と向かい風


 魔王軍艦隊の飛空艇は、隊列を組むことなく、バラバラで前進してきた。


 エンネア王国艦隊が左翼、ニーウ帝国艦隊が右翼に担う形になり、中央を、プラタナム号が突き進んだ。


「まるで投網の中心に突っ込むみたいだ」


 敵のど真ん中に向かっているのを見て、ソウヤは思ったことを口にした。プラタナムは言った。


『随分と網目の大きな投網です。これでは本艦は捕まりませんよ』

「当然だ」


 とはいえ、四方八方から敵船の集中砲火を浴びるのは間違いない。


「スピードで突っ切る!」

『懐に飛び込んでしまえば、案外撃ってはこられないでしょう。一応、障壁は備えていますが、過信は禁物です。うまく動かしてください』

「そのつもりだ。砲撃は任せるぞ」

『了解』


 プラタナムは応じた。


「お――」


 艦橋の窓に、クラウドドラゴンがよぎり、甲板に着地するのが見えた。すでにミストがいるが、クラウドドラゴンもそこに腰を据えるらしい。これから敵艦隊に切り込むというのに、命知らずである。


「今さら、危ないって注意しても遅いかな?」

『そんな時間はなさそうです。……なにぶん、私は速いですから』


 プラタナムは自慢げに言った。そして、勇者の飛空艇は、魔王軍艦隊に中央に飛び込んだ。


 青白い閃光が放たれた。ミストのドラゴンブレスが、魔王軍クルーザーを2隻轟沈させれば、プラタナム号の艦首のサンダーキャノン・ターレットが紫の電撃を発射し、敵艦を一撃で大破させる。


 魔王軍の飛空艇から、電撃弾が撃ち返されたが、従来の飛空艇よりも遥かに速いプラタナム号にはかすりもしない。逆にプラタナム号の側舷の四連装サンダーキャノンが、敵艦を貫き、その超高温と相まって爆発させる。


「さすがだな、プラタナム!」


 この高速での飛行である。機械ならではの射撃だからこそ命中しているが、おそらく人力で狙ったら、こちらの攻撃もここまで命中させられたか怪しい。


 あっという間に、魔王軍艦隊を飛び抜けてしまう。敵が隊列を組まず、上下左右に広がって展開しているために、厚みがない。高速のプラタナム号だとすぐに通過してしまうのだ。


「反復攻撃、行くぞ!」


 ソウヤは操縦桿を動かして、プラタナム号を旋回させると、再度、魔王軍艦隊へ直進した。



  ・  ・  ・



 魔王軍ラトロー艦隊のシャスワスト将軍の表情は険しかった。


 ジーガル島を襲った敵艦隊は、ラトロー艦隊に気づいて向かってきた。そこまではいい。船の数ではほぼ互角。堂々と、正面から打ち破ってやると魔族兵たちの士気も高かったのだが――


「嫌な風だ」


 敵艦隊へと突撃を命じた辺りから、強風が吹き始めた。しかも島からの風――つまり、ラトロー艦隊にとっては向かい風である。しかも違和感を抱く。


「艦長、この風は何かおかしい。帆を畳め。これではブレーキがかかっていけない」


 一般的な飛空艇には、レシプロエンジンが積まれている。マストがあり、帆を張って風を利用するのも航行術のひとつではあるが、あくまで補助だ。帆がなくても飛空艇は進む。


「急がせろ。敵にとっては追い風だ。すぐに突っ込んでくる」


 敵の飛空艇は、マストに帆を張って推進力をプラスに使っている。おそらく、敵船にとっては最高速度が出ているのではないか。


「敵船1、突っ込んできます!」


 マスト見張り台から、報告が降りかかる。


 言わんこっちゃない――シャスワスト将軍は思ったが、その船はこれまで見たことない形をしていた。


 野太い光の放射が友軍飛空艇を貫き、その白い飛空艇があっという間に通過していった。強力な電撃砲を四方にばらまき、通り魔的に、何隻かの船が火を吹いて爆発ないし墜落する。


「な、何だ、今の船は!?」


 何隻かの味方飛空艇が電撃砲で反撃したが、敵が速過ぎて、まったく当たらない。


「今のは飛空艇か……!?」


 槍のような船体。帆を張る形のマストはなく、何より白く美しい船だった。古代文明時代の中でも、さらに希少な型かもしれない。


「何隻やられた?」

「7……8隻くらいかと」


 艦長が言えば、後方の見張り員が叫んだ。


「敵船、反転。再度突っ込んでくるっ!」


 風のように突っ切る白き飛空艇。青と紫の光が伸び、それらはアラガン級クルーザーを的確に貫く。


「撃て! 撃ちまくれ!」


 艦長が叫び、クルーザーの電撃砲が独特の音を立てて発射される。白い飛空艇は、電撃砲の照準を軽く振り切り、艦隊の中で機敏に反転すると、周回しながら魔王軍飛空艇を、手当たり次第に攻撃していった。


「……? ドラゴン?」


 通過する敵船の甲板にドラゴンの姿があったような。白き飛空艇にラトロー艦隊が引っかき回されている頃、人類艦隊は距離を詰めていた。



  ・  ・  ・



「それ! 勇者殿に続け! 帝国艦隊、突撃ぃっ!」


 ニーウ帝国艦隊、グローム号でグニェーブ将軍が吼えれば、エンネア王国艦隊、ヒエレウス号のハングマン提督も命じた。


「砲撃始め! レッドグループと共同し、挟み撃ちだ」


 人類連合艦隊の各飛空艇が、浮き足立つ魔王軍艦隊に砲撃を浴びせる。



  ・  ・  ・



 ラトロー艦隊旗艦プルプレウス号。シャスワスト将軍は歯噛みする。


「やはり風に乗ってきたか! 早い」

「正面より、雲が接近しつつあり!」


 見張り員が叫んだ。ちょうど戦闘空域に、ラトロー艦隊の正面から雲が流れてきた。この強風で流されたのだろう。


 ――あの雲を利用して立て直すか?


 シャスワスト将軍が考えたその時、正面の雲からぬっと、数隻の飛空艇が現れた。


「なっ、敵……!?」


 ゴールドグループ――銀の翼商会とリッチー島傭兵同盟の戦闘飛空艇が、その姿を現したのだった。

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