第500話、捕虜尋問


 隠れ家に戻ると、ミストが魔力眼を使っての追跡を続けていた。台所にはメリンダとヴィテスがいて、料理をしていた。


 え?――ソウヤは面食らった。


「メリンダが料理?」

「うるさいなぁ!」


 女騎士はいきなり吠えた。


「私は料理なんて、肉を切ったことしかないわ!」

「脳筋」

「ヴィテスちゃん、辛辣ぅー」


 メリンダが肩を落とした。ソウヤは首を振る。


「まあ、何でもいいけど、魔王軍の捕虜を尋問するから地下の倉庫に行ってる」

「魔王軍!?」


 メリンダが驚く。一方のヴィテスは普段どおりの表情で言った。


「倉庫の奥に地下牢があるから、捕虜はそこに入れるといい」

「え? 牢屋があるのか!?」


 初耳だからソウヤは驚いた。ヴィテスは素知らぬ顔で答える。


「普段使うものじゃないけれど、でも何か捕まえた時とかに使えるようにって作っていたみたい」


 ちなみに、地下牢のある部屋へは倉庫の奥にスイッチがあって、それを作動させると秘密の入り口が開くらしい。


「よく見つけたな」

「見つけた、というか知っていた、かな」


 ヴィテスが自分の頭を指さした。ジンのシェイプシフターの記憶をある程度持っている彼女である。ここのことも、その記憶に含まれているらしい。


「秘密基地みたいな仕掛けだな」

「元々、ここは隠れ家よ」


 それはそうだ、とソウヤは頷いた。


 早速、倉庫に行く。ここだけでも一般的民家程度の広さがあるが、物自体はほとんどない。奥にあるスイッチを探し、言われた通り作動させると、ゴゴゴと壁が開いた。


「すっご」

「まるで遺跡みたいですね」


 レーラがそう評した。下への階段があり、石造りのそれを下っていくと頑丈そうな扉があった。小窓があって、中を覗き込んでみる。


「ここみたいだ」


 壁に掛かっていた鍵を使って開ける。中は何もなかった。しかし壁には鎖と枷がついていた。これで繋いで逃げられないようにするようだ。


「ここに鍵があります」


 リアハが、牢獄の外の壁にある鍵を指さした。壁と繋げられるなら、対面しての尋問もできるか――ソウヤはアイテムボックスに収容していた魔族捕虜を出した。


 青い肌の人型魔族。見たところ男性。魔族兵にしては上等な服装である。デザイン的に軍服のように見え、それなりに話ができそうな感じである。


 彼が気絶しているうちに、牢獄の壁から伸びる鎖付き枷を足に取り付け、隙をついて外へ脱出ができないようにしておく。鎖の範囲しか移動できなければ、枷を外すか鎖を引きちぎらないと脱走は無理だ。鎖は錆びもなく、壊れそうな要素は皆無だった。


 ソウヤはアイテムボックスから簡易椅子を出すと、彼の目覚めを待つ。


「ソウヤさん」


 リアハが口を開いた。


「こいつ、起こしましょうか?」


 剣を手に、魔族兵への敵意を隠さないお姫様である。彼女に任せたら、どうなるのだろうか、とソウヤは一抹の不安を抱いた。


「リアハはこういう捕虜尋問の経験ってあるのか?」

「直接はありません。賊を締め上げるのは三、四度見学したことはあります」


 騎士姫でもあるから、この手の荒事を多少なりとも知ってはいるということか。


「ソウヤさんは?」

「魔王討伐の旅の道中に何回か」


 もっとも、往々にして手荒なものになる尋問は、旅の仲間たちがもっぱらだったが。特に情報畑のカマルなどは、敵の情報を引き出すために手段を選ばなかった。


 ソウヤは、ちらとレーラを見る。彼女もそういう尋問の場にいることが多かった。直接手を出すことはなく、捕虜を死なせない程度の回復要員という感じだった。当人の性格ゆえか、あまりその場にいたくないようだったが。


 魔族に敵意を隠さないリアハと、どこか遠慮したい空気を出しているレーラ。


 ――リアハに任せたら、やっぱぶん殴ったりするんだろうか……?


 この手の尋問とは、ちょっとした拷問に直結している。ソウヤはそういう荒々しいものしか見た記憶がない。


 ――やっぱ、甘いのかなぁ、オレって。


 あまり主導した経験がないから、お世辞にも得意ではない。ジンたちと合流するまで放っておくという手もあるが、尋問したそうなリアハがいて、何とも複雑な表情をしているレーラがいる。


 この場にはいないが、ドラゴンたちの出方も不透明。格好だけでもやっておいたほうがいいかもしれない。


 はてさて、どうしたものか――ソウヤは腕を組んで考え込むのだった。



  ・  ・  ・



「で、考えたわけだ。そもそも、こいつは魔族の言葉しか喋れなかったら、ろくな話もできないんじゃないかって」

『……』


 青い肌の人型魔族は、じっとソウヤを睨んでいる。ソウヤは続けた。


「オレも少し魔族のベーシックはわかるが片言だ。そこで、ここにいる多言語を理解する通訳を用意した」


 ソウヤの隣に座るはヴィテスである。幼女が同席していることに、魔族兵は小さく首を捻る。おおよそ尋問の場には相応しくないからだろう。


 しかしヴィテスは、例のシェイプシフターの記憶を有することで、魔族の使う言語をほぼ理解していた。その上、ドラゴンである。相手の脳内に直接呼びかける念話も使える。


「オレはソウヤという。あんた、名前は?」

『……』


 相手は黙している。話す気がないか、人語がわからないのか。


 と、唐突に魔族兵の肩が小さく揺れた。ビクリ、としたような、そんな感じだ。


「ズィトンだ。ラカトン所属陸戦隊の所属」


 話してくれた――


「……あんた、普通に人語が喋れるのか」


 微かな驚きをおぼえるソウヤ。ズィトンと名乗った魔族は口を開いた。


「魔族士官の間では、人語のベーシックは必須科目だ」

「そうなのか?」

「敵の言葉が理解できれば、戦いでも何かと役に立つ。敵の情報を仕入れるためにも、行動を理解するためにも」

「なるほどな。そういや魔族のリーダー格は、今までも普通にやりとりしたわ」


 よくここまで来た、だの、年貢の納め時、だの、時々おかしな言葉を混ぜている者もいたが、戦いの場でも結構、人語を喋っている魔族を見かけた。


 通じないかも、と思ったのは、そこらの雑魚兵は、獣が吼えているみたいなものが多くて話ができそうにない者が多かったせいでもあるが、どうやら自分は緊張していたらしい、とソウヤは苦笑するしかなかった。

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