第499話、野営地の捜索
捕虜をアイテムボックス内に収納したソウヤは、魔王軍の野営地へと足を踏み入れた。
先手を打って使用された影竜のポイズンブレスは、すでに風に流されている。しかしここに死の大気が漂っていた残滓は残っていた。
「……」
毒にやられた魔族兵の死体が至る所に転がっている。もがき苦しんだ敵兵。種族ごとの表情について、いまいち判別がつきにくいが、いずれも苦しんだのだろうと、ソウヤは思った。
――ドラゴンの毒ってのは、やっぱ恐ろしいな……。
味方でよかった。もし敵だったら、倒れていたのは人間のほうだ。
勇者時代の記憶が蘇る。魔王軍との戦いの中で、砦ひとつが猛毒ガスにやられて、守備隊が全滅していた時のことを。
「……あまり気持ちのいいものではありませんね」
レーラが神妙な調子で言った。おそらく、ソウヤと同じことを思い出したのだろう。彼女もその時、まだ生存者がいないかと同行し、あの地獄のような光景を目の当たりにしている。
「魔族は苦しむべきです」
リアハが敵の死体へ冷めた目を向けた。
「エルフの人たちや、魔族たちによって殺された人々の無念を思えば……」
「……」
魔族への憎悪を隠そうとしない妹に、レーラは複雑な表情を浮かべる。
影竜はフォルスを連れて、野営地内を見て回っている。子供にこういう光景を見せるのはどうかと思わないでもない。とはいえ、こちらでもガンガン魔族兵を倒しているから、今更ではある。
天幕に入って物色する。魔王討伐の旅では、敵の城や拠点の探索はしたが、こういう野営地はやったことがなかった。
大半は休めればいい程度の作りになっており、個人携帯用の荷物とラグじみた敷物があるだけだった。
「へえ、こいつは魔族の寝床かな。やっぱ地面にじか寝はしんどいもんな」
くせぇ――臭いに顔をしかめつつ、捜索を続ける。一般兵の装具は、魔王軍の情報という面では見るべきものがなかった。そもそも支給品なんて武器や防具中心で、それ以外はほとんどなかった。
レーラが苦笑した。
「何だか泥棒さんになった気分です」
「可愛い泥棒もいたもんだ」
思わず皮肉が出てしまった。ソウヤは、あまりに荷物がなくて首を振る。
「さすがに故郷への手紙とか筆記用具とか、そういうのもないな」
魔族が手紙なんて書くのか、と言ったら偏見か。しかし古い時代なら、あまり荷物を持ち運ばないから、こんなものかもしれない。
「指揮官の天幕くらいかな。あるとすれば」
そんなわけで、立派そうな天幕を探す。この手の野営地では、偉い人がどこにいるかわかりやすいように、見た目から格付けされている。
大きめの天幕から影竜親子が出てきた。
「そっちは何だった?」
「倉庫と、調理場だな。ニオイがしたから食べ物かと思ったが、ちょっとな」
「真四角の肉があったー」
フォルスが報告した。
「でも、変な汁ついてて、臭かったから食べなかったよ」
「それがいい。何の肉かもわからないしな」
変な汁とは何だろうか。体に悪い着色料か、はたまた保存用の液体だったりするかもしれない。
リアハはといえば魔断剣を手に、倒れている魔族兵に警戒しながら突いていた。
死体蹴りではなく、生きているかの確認だ。戦場には往々にして、死んだフリをしている奴が潜んでいることがある。
手を出してチェックしようとして、実は生きていたそれに逆襲に遭う可能性もあるから、足や手にしている武器で反応を確かめるのだ。決して、魔族憎しの気持ちで死体を蹴っているわけではない。
「レーラ」
「ええ、わかってます」
聖女は、妹の行動を見守る。
「あれも大事なことですから」
ソウヤは頷くと、捜索に戻る。他に比べて刺繍が多いのは指揮官用の天幕だ。中に入れば、簡素な折りたたみ机と椅子があり、粗末ながらベッドがあった。やはり指揮官ともなると、待遇が上がる。
地面に空になった小さな筒が落ちている。薬品っぽいニオイがしたから、おそらく毒消しか何か魔法薬が入っていたのだろう。――これを飲んで毒から生き延びたんだな。
あの青い肌の魔族だろうか。
荷物入れと思われる箱がある。南京錠にも似た鍵が掛かっていた。
「個人用の荷物入れか、それとも軍関係の代物か」
ソウヤは斬鉄で鍵を破壊する。レーラが見守る中、ソウヤは箱を開けて中身を見た。
「個人の持ち物か……」
ナイフ、獣の牙で作られたアクセサリー、いやお守りか。これが近代だったら、家族の写真とかもあったりするかもしれない。
「特に魔王軍の情報になりそうなものはないな」
期待した成果は、ここにはなかった。
「残念ですね」
「まあ、おそらくやられた城の見張りとか、生存者探しに残された連中だからな。大した情報とか品物とかは元から期待はできなかったろうね」
ソウヤとレーラは天幕を後にした。リアハと影竜親子と合流。強いて価値があるものといえば、魔族兵の使っていた武器や防具か。
「ソウヤ、例の痺れ玉があったぞ」
影竜が食らったという、ドラゴンさえ痺れる敵の兵器を鹵獲した。ジンたちと合流したら調べてもらおうとソウヤは思った。
「じゃあ、隠れ家に戻るか」
「ここはどうします? 焼き払いますか?」
リアハが聞いてきた。ざっと野営地を眺め、ソウヤは首を横に振る。
「このままでいいや。自然に任せよう」
ここはダンジョンだ。ある程度時間が経てば、死体は処分してくれるだろう。
かくて、ソウヤたちは野営地を後にした。あまり収穫はなかったが、まだ捕虜にした魔族指揮官がいる。
ミストが魔王軍の飛空艇を追跡している間、まだ幾何かの時間があるだろう。その間に、取り調べくらいはできるかもしれない。
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