第492話、家族会議?
リアハが心配だからとヴィテスをそのまま行かせたか? 答えは『ノー』だとソウヤは思った。
フラフラと勝手に行動していたヴィテスには、迎えに行くから近くに隠れていろ、と指示を出していた思う。リアハには通信機で呼びかけつつ、こちらも必要なら駆けつけたに違いない。
何故か? ソウヤは、ヴィテスを『子供』と判定していたからだ。
親の保護がないと危なっかしいフォルスと同様にヴィテスを見ていた。会話をほとんど交わしていない、性格も掴めていない彼女のことは、フォルスと同程度の基準で見ていた。
普段から今のように淡々と、大人びた言動を見ていれば、もしかしたら違ったかもしれない。だが、きちんと言葉を交わしたのが初めてのような状態では、その判断は結びつかないのだ。
「無理もない。私が周囲と言葉を交わさなかったせいでもある」
幼女が真面目ぶる。表情があまりに大人びているので、違和感が半端ない。
「あなたも、影竜でさえ、私の思考能力、行動を把握していない。だから下手に知らせると、私を探しにきたあなたたちが逆に敵に見つかる事態になる恐れもあった」
「お前とは、じっくり話したほうがよさそうだな」
ソウヤは食卓に誘い、そちらに座ってヴィテスと向かい合った。彼女の隣にリアハが座り、何だか家族会議のようである。
キッチンからレーラがやってきた。いつから居たのだろうか。
「お茶です」
ブレない聖女様である。わざわざ人数分を配膳すると、当然のようにソウヤの隣の席に座った。ますます家族会議じみてきた。
「ヴィテスは、これまで周りと話さなかったのは性格的なものだと思っていた」
「それは間違っていない」
幼女は、レーラの炒れてくれたお茶を口にした。その態度、やはり外見相応には見えない。
「ひょっとして別人が入っていたり?」
あまりに乖離しているものだから、半分冗談でソウヤは言った。ヴィテスは目を閉じる。
「少し違う。話せば長くなるけど――」
そう前置きして、ヴィテスは自分のことを話し始めた。先天的に障害を持っていたこと。影竜は異変の兆候に気づいたものの、本格的な障害か性格的なものか判別できなかった。無理もない。影竜は医者ではない。
その後、ジンの治療?によって障害はなくなったものの、同時に様々な知識を得たことで、子供をすっ飛ばして大人の知能と経験を手に入れたことが語られた。
「――というわけで、知識は成竜と同じくらいはあるというわけ」
「凄いですね」
レーラが口に手を当て驚いた。リアハは隣で大人しく聞いていたから、事前に知っていたのだろう。
「なるほど、明かしてくれてありがとう。次があれば、それも考慮してから話すことにするわ」
「理解が早くて助かる。こんな話、信じられないと笑われるかと思った」
「まあ、原因があの爺さんならな……」
正直、驚きはした。ドラゴンの知能を一気に引き上げたことなど眉唾ではあるが、あの老魔術師なら、と思うところはある。何せ不老不死薬を作り上げてしまう御仁なのだから。
ヴィテスが、このことを黙っていたのも、他人が信用するか疑わしかったというのもありそうだ。
さらに信じていいか、ということも。ソウヤやレーラはともかく、一般人がそんな話を『真実』と受け入れたら、そのシェイプシフターの欠片を利用しようという輩が出てきてもおかしくない。
摂取したら頭がよくなる薬、とか何とか。――語弊があるというか、ヤベェなこれ。
「まあ、オレのことも信じてくれてありがとう」
「どういたしまして。人を見る目はあるつもり」
それ子供のセリフじゃないんだよな――ソウヤは苦笑する。
「それで、これまでは子供のフリをしていたと」
「子供のフリ、というか、普通に子供なのだけど。元々大人しかったから、周りに気づかれなかっただけ」
「影竜にも、秘密にしておくのか?」
ソウヤは、じっとヴィテスを見た。
「お前、さっき母親に嘘をついただろ。体調不良を理由にして、リアハを止めに行ったことを黙っていた。本当のことを言えば、お前が成人の思考を持っていることも話すことになり兼ねないから」
「そうね」
ヴィテスは視線を逸らした。
「正直、どうしたものか困っている。今回のことで、影竜にもフォルスにも心配を掛けてしまった。本当は言ったほうがいいのだろうけど……」
「けど……?」
レーラが首を傾げると、ヴィテスはため息をついた。
「……フォルスが、物凄くふてくされると思う」
「あー……」
ソウヤは、その様子がアリアリと浮かんできて、何とも言えない顔になる。
一足先にヴィテスが大人になってしまった。早く大人になりたいと、好奇心旺盛で純真なフォルス少年のことを考えると、確かに拗ねてしまいそうである。
理不尽、不公平。それがもとで家族崩壊とかになったらどうしよう――などとソウヤは考えてしまった。
「それは問題だな」
ソウヤは頭を抱えた。
「だが……しかし、お母さんには言っておいたほうがいいとは思う」
大事なことは、親にちゃんと知らせておくべきだとソウヤは考えている。それで家族間がギクシャクすることになったとしても。
「黙っていたことが後でバレた時のほうが、ショックは大きいと思う」
いつから黙っていたのか。騙していたのか、という思考に入ると、取り返しがつかないほどの溝になる恐れもある。
「もし、それでお母さんがお前を嫌うとか除け者にするようなら、オレが面倒を見てやる。逆にフォルスが見放されるようなことになったとしても、オレが引き受ける!」
それが面倒を見るということだ。問題になれば責任をとって、後は引き受ける。他人? ドラゴン? そんなことは関係ない。
「何だか、本当のお父さんみたい」
ヴィテスは照れたように視線を落とした。
「私は、人間の人生の経験もあるから、たぶんどのドラゴンより親が二人いることとか知っていると思うけど……。ソウヤはまるで――」
「オレが父親?」
何を言ってるのこの子は?――面食らうソウヤだが、レーラもリアハも尊敬を滲ませた目で見てきた。
「これが世間でいうお父さんなんですね……」
何故かレーラがハンカチで自身の目元をぬぐっていた。リアハも泣きそうである。ヴィテスは背筋を伸ばした。
「影竜……お母さんに話してみる。それでソウヤにも一緒に話の場にいてほしいのだけれど」
「お、おう。任せろ。話に付き添ってやる」
「ありがとう。……あと、これからは、ソウヤのこと『お父さん』って呼ぶことにする」
――へ?
「よろしく、お父さん」
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