第456話、飛び火した


 レーラと夜に『お話』をしましょう、ということで、ソウヤは朝食後、業務についた。


 が、その前にカマルに捕まった。


「ソウヤ、ちょっとツラを貸せ」


 すこぶる真面目な顔で言うので、何か火急の知らせかと思ったが――


「お前、いったい誰を部屋に連れ込んだんだ?」


 例の噂の話だった。緊張して損した気分になる。


「教えない」

「噂になっている」

「知ってる。当ててみな。お前、諜報員だろ」


 ソウヤは勇者時代にまとめたダンジョンのリストを取って、ページをめくる。


「何故、隠す?」

「何故、お前に教えないといけないんだ?」

「何故って……」


 カマルは一瞬だけ視線を外した。


「私の好奇心だ」

「なんでお前の好奇心を満たすために、オレが話さないといけないんだ」


 ソウヤはそこでふと思った。


「カマル、お前はこの件どこまで知ってる?」

「大して知らん。お前が夜中に女を自分の部屋に連れ込んで、大人のお遊びをしていたということくらいか」

「尾びれがつきまくってるじゃねえか。……まあ、噂の出所がお前じゃないのはわかった」


 知っていれば、噂の確認に来るわけがないのだ。


「ということは、連れ込んだというのは本当ということか」


 カマルは腕を組んだ。ソウヤは言った。


「お前のことだから見当はついているんじゃないか? オレからも聞かせてくれ。噂の出所はどこだ?」

「証言を拾い集めたところ、リアハとソフィアが話していたのが発端のようだ」

「……リアハとソフィア?」


 そのどちらかが、ミストがソウヤの部屋にいたのを見たのだろう。


 ――どっちだ?


 考えて、そこで気づく。――何故、女のほうの名前が出てこなかった?


 リアハとソフィアは、ミストを知っているからわかるはずだ。にもかかわらず、噂になっている女性は名前が出てきていない。これはつまり――


「リアハか」


 ソフィアだったら『ミスト師匠が』って言っていたに違いない。わざわざ相手側に配慮するようなことをするのは、グレースランド王国の妹姫だろう。


 しかし、何故あの場にリアハがいたのか。夜遅くに――


 ソウヤが黙り込むと、カマルも少し考えて言った。


「つまり、リアハ姫が名前を出すのを控えた相手ということか。……話し相手であるソフィアはない。であるなら……レーラ様か」

「!?」


 思わずドキリとするソウヤ。食堂で『教えて夜の営み』についてレーラから頼まれたばかりである。


「その反応は図星か?」

「バッカ、違うわ!」

「その反応は怪しいぞ」


 カマルは、心底見下げ果てた顔になる。


「お前、聖女様に手を出したのか?」

「してねえよ! まだ、何も!」

「『まだ』?」


 余計なことを言うところだった。ソウヤが背もたれに身を預ければ、カマルはデスクを指先で弾いた。


「まだ、ということは、これから先に、そういうことがしたいという解釈で間違いないか?」

「黙秘する」

「……つまり可能性はある、ということだな。わかった」


 カマルは背筋を伸ばした。


「では、昨晩連れ込んだ女性は、レーラ様ではないな」


 今晩連れ込む予定だよ、と皮肉りたくなったソウヤだが、さすがに口には出さない。


「ノーコメント」

「お前、まさかとは思うが……」


 カマルが何かに気づいたような顔になるが、すぐに首を振った。


「いや、さすがにそれはないな。何せ相手はドラゴン――」

「聞こえてるぞ」


 おそらくミストではないか、と思ったのだろう。だが美少女の姿をしていても、その正体はドラゴン。人間と性的な交渉ができるのか考えてしまったのだろう。


 その時、扉がノックされた。


「ソウヤー、いる?」


 噂をすれば影がさす。ミストが現れた。後ろにもうひとり気配がするが、ソウヤの位置からは見えない。


「昨日はどうもありがとう。とても参考になったわ」

「……」


 何の参考かは言わずもがな。カマルが珍しくビックリした表情になった。


「ソウヤ、おまっ――」


 手で払うような仕草で答えるソウヤ。驚くカマルをよそに、ミストはやってきた。


「昨日はとてもとてもいい体験だったわ」


 とてもというワードを二回使って強調するミスト。


「で、悪いんだけど、ちょっと付き合ってほしいのだけど――」


 嫌な予感がした。ぬっと、ミストの後ろからひとり、部屋に入ってきた。


「クラウドドラゴン先輩が、人間の男女の営みについて体験したいと言うのよ」

「……」


 灰色髪の美女姿であるクラウドドラゴンが、デスクの前に仁王立ちになる。無表情で見下ろされると、かなりの威圧感である。


「もしくは見学でもいいそうだけれど……」


 ミストが、ごめんなさい、とジェスチャーをしながら片目をつぶった。彼女としてもこの事態は不本意かもしれない。が、超先輩のクラウドドラゴンに睨まれては拒否権はなかったのだろう。


 ――見学? 冗談じゃない!


 お肌のふれ合いを他人に見せびらかす趣味はない。


「……カマル」

「私を巻き込むな」


 すっと椅子から立ち上がるカマル。事情聴取しにきたのが運の尽きである。しかし、ソウヤは別に彼を生贄にしようとか、そういうことは考えていなかった。


「この事は他言無用だぞ」

「……わかった。私は何も見ていないし、聞いていない」


 それでいい。ソウヤは頷くと、ミストを見た。


「昨晩教えたことを、ミストがクラウドドラゴンにしてあげるってのは駄目なのか?」

「ワタシが?」


 キョトンとするミスト。


「ふたりとも、こうして人間の姿になれるんだからさ」

「なるほど――」


 納得しかけるミスト。だがクラウドドラゴンはきっぱり言った。


「ドラゴン同士で肌をこすり合わせて意味があるの?」


 気持ち悪い、とバッサリだった。


 エェェ……――ソウヤは頭を抱えた。

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