第455話、ソウヤ、追い詰められる
ドラゴンに道徳。馬の耳に念仏。
ソウヤは、ミストから生命の神秘、男女の接触について教えてほしいと頼まれた。要するに、人間の男女の夜の営みを迫られたわけだ。
好奇心から端を発したそれについて、ソウヤは語らなかった。
「疲れているようですが、大丈夫ですか?」
毎朝、顔を合わせるレーラから早速心配されてしまった。
「ちょっと遅くまで起きてた」
「働きすぎは体に毒ですよ。それでなくても、銀の翼商会のお仕事抱えてますよね?」
美少女聖女様から、優しい言葉をかけられただけで、心が浄化されるようだった。――聖女様って本当にいるんだよなぁ。
レーラがソウヤの背後に回り、その背中に手を添えた。
「私にはこういうことしかできないのですが――」
さわさわと温かな魔力が背中に流れ込んでくる。ソウヤは温泉につかっているような気分になる。
「えいっ!」
ポンと優しく叩かれた。
「これで、少しは元気になりましたか?」
「ありがとう。気持ちよかった」
精神だけでなく、体の疲労もたまっていたようで、朝からソウヤは調子がよかった。
アイテムボックスハウスは、皆出かけていてソウヤが一番遅かった。朝食を作るという気分でもなかったので、食堂で摂ることにする。レーラも一緒だった。
白米に味噌風味のスープ、これだ。日本人の朝ご飯――とそこへ配膳にやってきたナールが声を落とした。
「旦那ァ、いったい何をやらかしたんです?」
「え?」
何の話だろうとソウヤは思った。元盗賊の料理番だったナールは周囲を見渡した。
「何か朝から騒々しかったンですよ。……何でも旦那が、女を部屋に連れ込んだとかどうとか」
女? ――ミストなら間違っていない。しかし彼女なら見ればわかるはずで、わざわざ女と言わなくてもわかるはずだが。
「ソウヤ様?」
レーラが笑顔でソウヤを見た。怖い!――何故か圧を感じた。
「昨日はどなたかとお楽しみだったのですか?」
「お楽しみだったのですかァ?」
ナールもそう言いながら配膳を終えた。
「では、ごゆっくり……」
――ちょっと待て!
妙な雰囲気にさせて立ち去るナールだった。レーラは相変わらずニコニコしている。
ソウヤは、すっ、と息を吸った。
どうしたものか。ミストと一晩一緒にいました、というと間違っていないが語弊がある。とはいえ、ある程度のタッチがあったのは事実。それをレーラに話していいものかどうか。ミストの体面というものもある。
しかし、黙秘してもあらぬ疑いをかけられることになる。ソウヤは苦慮する。
「……こういうのを言ってしまっていいのか、ちょっと悩む話なんだが」
「懺悔ですか? 専門分野です」
聖女様は教会関係者だった。
「悪いことはしていないんだがね。一応、人物名は出すが、公言しないでくれよ」
「もちろんです」
念のため周りを確認するが、食堂は朝のピーク時間を過ぎており他の人間はほとんどいない。
「セイジとソフィアが付き合っているのは知っているな? 最近ちょっとギクシャクしているらしいってことも」
「はい」
それで、とレーラは先を促した。
「そのことで、ミストが大変興味を持ってしまったんだ。その……人間の男女の夜の営みについて」
「……」
すっとレーラがうつむいた。心なしか顔が赤くなってきた。
「それで、彼女はオレに、人間の夜の営みについて教えてほしいと言ってきた。だから昨晩は、彼女にその話をした。オレの部屋で」
「あなたの部屋で」
「プライベートなことだし、デリケートな問題だからな。他の人がいる場所では話せないだろう?」
「確かに、公衆の場でする内容ではありませんね」
コホンと、レーラが控えめな咳払いをした。
「それで……したのですか?」
「ん?」
「えっと、その男女の……」
「何だって?」
赤面してあわふたするレーラ。この手の話は免疫がないのかもしれない。わかっていてソウヤはとぼけた。
「男女の何?」
「……その、お肌とお肌の……ふ、触れあい――」
頭から湯気が出るのではないかというほどの動揺っぷりである。
「まあ、多少はな。だけど、本番をしたかと言われれば、そこまではやってない」
「……そうですか」
ちゃんと意味は伝わっているのだろうか。ソウヤは心配になる。レーラはそっちの知識があるのかわからない。
幼少の頃から聖女として教会の教えに従ってきたというレーラである。
「つまり、健全な範囲内だったと」
触ったり、抱き枕にした程度の接触はあった。ハグなどの延長……と言ったら言い訳がましいだろうか。
――いっそ、ミスト本人に聞いたほうが……。いや、それはマズイか。
あの人間の常識に疎いドラゴンである。どういうこじれ方をして、肉体的接触で表現などしようものなら、逆にレーラの身が危ない。
ソフィアが以前から、ミストに結構な接触的被害を受けていたことを思い出せば、知識を得たミストがどう暴走するかわかったものではない。
「ミストの好奇心だ。そっとしておいてやれ」
言い出しっぺは彼女であるし、ある意味ソウヤは巻き込まれた側である。応じたことについては責任の一端はあるが、よそで問題起こされるのは避けたかったから仕方ない。
――それにしても、俺とミストが一緒に部屋に入るとこを見た奴って誰だ……?
噂の出所が非常に気になるところだ。食堂で働いているナールが噂を察したようだから、少し聞いてみようと思った。
「あの、ソウヤ様」
レーラがまだ赤面したまま、上目遣いを寄越した。
「その、私はそちらの知識がないと申しましょうか……詳しくはないのですが。私にも、そのミストさんにやったように……教えていただけませんか?」
「!?」
ソウヤは硬直した。――それは、つまり……。
やられた。ミストと『同じように』教えれば、アウトかセーフかレーラ自身、判断しやすくなる。しかしそれは、聖女様に教えるのは正直どうなのだろうか。
変な汗がでてくるソウヤである。
「駄目……なのですか? ミストさんには教えたのに……?」
「いえ……はい」
そうまで言われてしまえば、もはや断れば、やましいことをしたと自白するようなものだった。
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