第436話、バッサンの町のバイク工房


 新造の飛空艇プランを考えるのをよそに、銀の翼商会を乗せたゴールデンウィング二世号は、バッサンの町へ到着した。


 やはり空を移動するのは速い。バッサンの町の浮遊バイク工房とは連絡を取り合っているので、転送ボックス経由で飛空艇が到着するのは伝えてあった。


 予想はしていたが、人が集まっていた。


「おお、これが銀の翼商会の飛空艇か!」


 町長にして領主でもあるイリジオ・バッサン男爵も来ていた。

 船を降りたソウヤは、まずはご挨拶。


「わざわざお出迎えいただけるとは、恐縮です」

「なに、浮遊バイクは我が町あげての大事業だからな。しかも王国からの依頼とあれば、失敗は許されない」


 なるほど、と納得していいかどうかはソウヤは首を捻るところだが、男爵としても今回の案件は重要視しているのは理解できた。


「では、さっそく船に品を載せましょうか」


 王城で受け取った資料によれば、今回輸送されるのは浮遊バイク12台と予備部品。そして整備指導の職人とあった。


 馬車で一式すべてを運ぶとなると、それなりの規模の集団になる。


 ――うちの船くらいの大きさなら少し無理すれば全部載せられるか。……まあ、アイテムボックスがあるからな。無理をしなくても全部余裕で運べるけど。


「うむ。では浮遊バイク工房まで行くとしよう。それとソウヤ殿、少し時間が取れないか? 今後のことで少し貴殿と話がしたい。ビジネスの話だ」

「そういうことでしたら」


 断る理由がないので、ソウヤは了承した。移動するソウヤたちだが、飛空艇見たさに集まった住民たちが歓声を上げて手を振ってきた。ソウヤも勇者時代の癖で手を振る。


「何だか大歓迎されていますね」

「町を苦しめた盗賊団を倒した銀の翼商会の凱旋だ。それに浮遊バイクという宝をくれたのだ。貴殿らの果たした功績は大きい」


 バッサン男爵はきっぱりと告げた。ソウヤはこそばゆかった。


 工房に到着すれば、商業ギルドのボルックが待っていた。


「ご無沙汰いたしております、ソウヤさん」

「ボルックさん」


 握手を交わす。


「ここがバイク工房ですか」


 しっかり建ったのを見るのは初めてだった。石造りの巨大な建物だ。高さはそこそこだが横幅と奥行きがかなりあった。


「大きいですね」

「浮遊バイクを作っている、というだけで、すでに問い合わせや注文が殺到しておりまして……」


 ボルックは頭をかいた。


「実はここ、拡張したばかりの第二工房なんですよ。最初の工房はもう少しこじんまりしていました」

「そういえば、耳の早い貴族方も興味を示していたような……」


 王都で、貴族たちから銀の翼商会について質問攻めにあった時、浮遊バイクのことも聞かれた。


「ええ。先日の王都での魔法大会以後、注文がまた増えまして。……そうそう、銀の翼商会さんのほうで大会優勝者が出たそうですね。六色の魔術師と虎の被りモノをした狂戦士だとか。噂はかねがね」

「あー」


 さすが王国でも有名な魔法大会。魔法六属性を制した魔術師の登場だけでも異例なことなのに、その魔術師を倒した魔法戦士が出たとか、かなり話題性はあっただろう。ふたりが所属する銀の翼商会も想像以上に箔がつく格好だった。


「狂戦士?」

「なんでも、魔法を武器でねじ伏せる豪腕の戦士だったとか。果敢に魔術師のふところに飛び込んだと聞いております。冒険者たちの間では、ソウヤさんのことじゃないかって話している者もいましたが……」

「あれはオレじゃありませんよ」


 ただ、何だか話がごっちゃになっている気がしないでもない。……ティーガーマスケことセイジはそんな豪腕タイプではないし。


 しかし、魔法大会を制した者が銀の翼商会の所属だったということで、その知名度はすこぶる高まったようだった。


 大会後に浮遊バイクの注文が増えたのも、銀の翼商会とは何ぞやと調べた者たちが、浮遊バイクを知り、手に入れようとしたためだと思われる。


「王都じゃ浮遊バイクは、全然出していなかったんですけどね。何故か宣伝になってしまったようですね」

「我々にとってはありがたいことです」


 ボルックは、バッサン男爵に頷いた。


「こちらは人員を増強して生産態勢の強化にあたっていますが、魔道具職人や魔術師のヘルパーはいきなり増やせませんからね。よそからでも募集しないといけません」


 工房内で、組み上げられている浮遊バイク。ブースがあって職人が一人ずつ、丁寧な仕事を――


「え……?」


 ソウヤは呆然とした。――これは、ひょっとして。


「ボルックさん。バイク作りって、一人で一台作ってます?」

「ええ、もちろんです」


 当たり前です、という顔をするボルック。


「浮遊バイクは魔道具の側面が強い品です。その製作は魔道具同様、職人の技と魔法で仕上げていくものです」


 ――そういや、うちの爺さんもひとりで作ってたな。


 だから指導の時も、ジンひとりで一から十まで『ひとり』でやってみせたに違いない。浮遊バイクの可動部分に関しては、確かに魔道具のように魔法文字や回路の形成が不可欠。


「ボルックさん。生産効率上げませんか?」

「と、言いますと?」

「一台複数人態勢でやりましょう。魔道具職人が関わらなくていい部分は、魔法技能がなくてもいいので補助の人員をつけてやるんです」


 ソウヤは、子供の頃の社会見学で自動車工場に行ったのを思い出していた。そこでの作業はベルトコンベアと分業で、車を組み立てていた。


 ミーティング用の板の置かれた一角に移動して、ソウヤは適当にバイクの図をかき、それぞれを指し示した。


「魔法回路が必要な部分は、魔道具職人にやってもらい、それ以外の部品の組み上げは一般の工員でやるんです」

「しかしそれは……」

「そもそもバイクは通常の魔道具と比べても大きいんです。それを魔道具職人ひとりで全部やらせたら、そりゃ時間もかかりますよ。武器だってそうでしょ? 素材を集める人、実際に剣を作る人、鞘を作る人はそれぞれ別ですよね」

「はい、そうですね。考えてみれば、そっちのほうが効率がいいのですが……」


 ボルックは困った顔をした。


「理屈はわかるんですが、魔道具職人というのが基本、全部自分で作るのを当たり前と考える連中でして……。分業に慣れていないといいますか……」


 魔道具職人とはかくあるべし、という考え方の問題だった。職人らしいと言えばらしいのだが、これにはソウヤは頭を抱えた。


 これはよろしくない予感がした。オーダーメイドならそれでいいが、量産前提の品で、それは少々まずい。

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