第435話、飛空艇と輸送業
「それで、私のところに来たのかね」
アイテムボックスハウス内のジンの魔法工房。彼の専用研究室にソウヤはいた。
「あんたが伝説のクレイマン王だって全員が知っているわけじゃないからな」
ソウヤは真面目ぶる。
「浮遊島と、爺さんの城の件も古参メンバーしか知らない」
それだけ機密度の高い話もあるということだ。だから話す場所も気にするのである。
「……で、それは?」
「改良型通信機」
ジンが差し出したそれを、ソウヤは受け取る。
「まるで携帯電話だな」
「スマホではないがね」
皮肉るように老魔術師は笑った。ソウヤは手のひらサイズのそれを触る。
「ボタンがついている」
一昔前のガラケーのような形である。
「そう、電話番号を打ち込むことによって、その番号の端末とだけ通話ができるようにした」
以前、通信機を持っていると、全員がその通話を聞くことができると指摘された点を改良したものだった。
業務通話なら、身内全員に聞かれてもそうは困らないが、個別に話したい場合は論外。また通信機がある程度普及した際、通信機を持っていれば部外者にも筒抜けになってしまうという欠点があった。
「その通信機ひとつひとつに番号を振り向けてある。電波を飛ばすのは通信機と同じだが、それが聞こえるのは指定した番号のみだ。それ以外の端末には電波の届く範囲だとしても聞こえない」
「……凄いじゃないか」
素直に感心するソウヤ。ジンは首を横に振った。
「魔法文字や回路をその大きさに収めるために苦労した。……つまり、今のところ大量生産には難ありということだ。壊すなよ」
当面、銀の翼商会内で試験運用していくということになった。
「それで、ソウヤ。話というのは?」
通信機の話は訪れたついでに渡されたもので、ソウヤの本題ではない。
「王国から、輸送の依頼がきた」
ソウヤは、カロス大臣からの依頼をジンに説明した。浮遊バイクの輸送と、現状の輸送手段について。
「陸路で運ぶとしたら馬車だろうね。他に大型の浮遊車両や、あるいは化石燃料の車などが登場すれば、話は別だが」
「そっちは追々考えるとして、まずは飛空艇だ」
ソウヤは考えを口にした。
「今回、王国から輸送の依頼がきた。おそらく、この手の輸送依頼は今後増える」
「……」
魔王軍の残党に対処すべく、王国軍は保有している飛空艇を動員している。だが今後、軍の保有船だけでは、輸送や補給が追いつかなくなる可能性が高かった。
本格的な武力衝突となれば、王国軍の飛空艇は戦闘に駆り出され、後方支援任務に用いる余裕がなくなる。
「そこを補助するのが民間船になるが……あいにくとゴールデンウィング号は戦闘力もあって、そっちに動員される可能性があるんだよな」
「だろうね」
ジンは相槌を打つ。否定はしなかった。
「だが、こちらが輸送用飛空艇を持っていれば、軍から物資輸送の依頼をほぼ独占できる……そうは思わないか?」
「すべてがそうとは言わないが、民間の飛空艇は貴族様用のレジャーヨットみたいなもので、物資輸送には向いていないと聞いている」
ジンは顎髭を撫でた。
「輸送専門の飛空艇があれば、ライバルはほぼいないこの部門では、王国からの依頼が集中する。その儲けも莫大なものになるだろうね」
そこでジンは腕を組んだ。
「……浮遊島にある飛空艇をいくつか、銀の翼商会で運用したい……という相談かね?」
クレイマン王コレクションに多数の飛空艇があるのは、以前のクレイマンの遺産を探索した時に発見している。
「それが手っ取り早いんだが、正直、それで複数隻引っ張ってくると、王様などから『どこでそんなに船を手に入れたんだ?』って問い詰められちまう。……そうなると、爺さんに迷惑をかけちまうからな」
クレイマンの遺産と聞けば、誰もが目の色を変えて求めるだろう。
「まあ、せいぜい1隻程度なら、どこかの遺跡から拾ったでまだ誤魔化せる」
「1隻増えるだけでも、かなりの仕事の幅が増えるだろうね」
ジンは認めた。ソウヤは声を落とした。
「だが、オレとしては、船を作れないかなって思ってる」
「飛空艇の建造?」
「遺跡から見つけた、で言い訳が苦しいなら、一から作れば文句はないだろ?」
「……銀の翼商会は造船業にも手を出すのかね?」
「そこに需要があるんだ。できるかどうかはともかくとして、検討するのは悪くないだろう?」
「うむ、行商が造船業をしてはいけないという法はないからな」
「設計図だけ引いて、建造するのはどこか適当な職人に任せるのもありだ」
ソウヤの言葉に、ジンは頷いた。
「そうだな。……しかし、ソウヤ。この世界で飛空艇の数が少ない理由はわかっているのだろう?」
「たしか、飛行石が不足している、だったか?」
飛空艇を浮遊せしめている魔法の石。現代の飛空艇にはなくてはならないもので、古代文明の遺跡などで発掘したものが用いられている。
「そう。飛行石の数が足りない」
ジンは認めた。
「船自体はレシプロもどきのエンジンなどもあって、建造する技術はあるのだ。だがそのエンジンも出力が低くて、飛行石なしではその船体を浮かせることはできない」
「人工の飛行石を作ったって話を聞いた」
ルガードーク――ドワーフの集落で。
「しかし、せいぜい数十メートルの高さが限界だと聞いた。しかも重量も制限されるから、あまり大きな船では満足に飛ばせないだろう」
老魔術師は言った。ソウヤは口元を皮肉げに歪めた。
「でもさ、オレは思うんだ。数十メートル、あるいは十数メートルしか浮かなかったとしてもさ、それのどこが駄目なんだ?」
地面から浮いていて、地上の障害物を避けられる程度飛べればいいのではないか? そもそも、この世界で数十メートルの高さの建物などそうそうないし、ひとたび町を出れば、平原や荒野などの開けた地形が圧倒的に多い。
森なども飛び越えられる高さに浮ければ、それ以上何を望む必要があるのか?
「まあ、戦闘とかを考えたら、投射攻撃が届く範囲かもしれねえけど、輸送に限ればやりようもあるんじゃないかな?」
「一考する価値はあるな」
ジンは何もない空間――異空間収納から数枚のスクロールを出した。
「どれ、どんな船がいいかな?」
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