第429話、ドラゴンさん、怒る


「デンワと言うのは何ですか?」


 レーラが聞いてきたので、ソウヤは答えた。


「離れた相手ともお喋りができる道具だよ」


 異世界に召喚される前、ソウヤがいた世界では電話はなくてはならない道具のひとつと数えられていた。もっとも、通話よりもメールや、検索、時間潰しのツールになっていたが。


「この世界でも順当に進化していけば、例えばこの船で遠くに居ながら、君の故郷のグレースランドの両親とお話できたりできるようになる」

「まあ、それは素晴らしい道具ですね!」


 聖女はニコニコと微笑んだ。


 アイテムボックス内での午後のひと時。ソウヤはレーラと散策中。


 ドラゴンテリトリーと呼ばれる一角に行けば、クラウドドラゴンが、ちびっ子魔法格闘士のティスと、シノビのカエデを相手に組み手のような練習をやっていた。


 ティスはドラゴンの戦い方に似ている、とどこかの誰かさんが言った結果、そのドラゴンに訓練相手になってもらえるという栄誉に与っていた。


 強さを求めるティスにとっても、ドラゴンに教えられるのは本望だった。クラウドドラゴンの気まぐれがしばらく続きますように、と祈るばかりである。


「――まあ、一対一に限れば、水天の宝玉も電話みたいなものなんだけどな」


 ソウヤは話を戻した。


「爺さんは魔道具の心得のある奴を助手にして、製作に取りかかったんだが……」

「何か問題でも?」

「問題というか……魔術師組のほとんどが、魔道具作りに参加したんだ」


 魔道具作りも勉強。これまで関心はあれど作ったことがない者たちまで、いい機会とばかりに魔道具作りに参加した。


 魔術師の弟子は、師から学ぶ。その師が魔道具を作れば、弟子としてもそれを学ばなくては、という心理が働くようだ。


 その最先鋒はイリクだった。


「あの人は、爺さんのことを神様か何かと思ってるフシがあるんだよな。年も立場も関係なく、爺さんの魔法は全部教わるつもりで非常に積極的なんだ」

「お若くていいじゃないですか」


 レーラは目を細めた。


「魔術師って高位の方は頑固な方が多い印象ですが、いくつになっても学ぼうという姿勢があるのは素晴らしいことだと思います」

「そのあたりは爺さんも含めておおらかだよな」


 非常に話しやすい相手であるのは間違いない。気難しい老人像とは、まったくかけ離れている人物である。


「とにかく、魔術師組の年長者であるイリクが素直に学ぶ姿勢を見せているから、若い連中もそれに倣うわけだ。魔術団からきた連中なんか、上司が率先してやっているから、やらざるを得なくなるんだよな」


 ソフィア曰く、イリクはとても充実した日々を送っているそうだ。本人が楽しんでいるなら、とやかく言うつもりはない。


「そんなんだから魔術師組は魔道具製作が流行りになっちまっている。戦士組は戦士組でバスケットボールに夢中になっているけど」


 銀の翼商会内での流行に、ソウヤも生暖かい目になるのだ。


 その時、遠くでドラゴンの咆哮が響いた。これには訓練中のティスとクラウドドラゴンはもちろん、聞こえた者たちが一斉にそちらへと向いた。


 レーラは眉をひそめた。


「何でしょうか?」

「……たぶん、影竜だろう」


 ソウヤはその足を、影竜テリトリー方向へと向けた。自然と眉間にしわが寄る。


「何か怒っていたようですが……」

「その認識で間違っていないな」


 素人にも警戒しているのを感じさせる声だった。影竜はお怒り、となると――


「コレルの奴、何かやらかしたか?」


 ドラゴンを獣魔として従えたいのは魔獣使いの夢だと言う。フォルスらと初対面になった時、さっそく欲しそうな目をしていたコレルだ。


 彼はここ最近、ドラゴンたちの周りをウロウロしていた。大方、フォルスに手を出して、影竜の逆鱗に触れたのではないか?



  ・  ・  ・



 現場に到着すると、影竜はドラゴンの姿でお怒りモード。その視線の先にいるのはコレル――ではなく、こちらもドラゴン形態のフォルスだった。


「……あれ?」


 てっきり、魔獣使いの青年がやらかしたのかと思ったが、そうではなかったようだ。


 そのコレルは魔獣たちに囲まれて、ドラゴン親子のやりとりを見守っている。ドラゴン語はさっぱりなので、ソウヤとレーラは、コレルのほうへ迂回した。


「何があったんだ?」

「フォルス坊やを鍛えていたら、うまくいかなくて影竜ママが怒ったんだ」

「わお……。何かすまん」

「? 何だよソウヤ」


 コレルが訝るのも当然だった。ソウヤは頭をかいた。


「てっきりお前が何かしたのかと」

「……その謝罪か。別に何もしていないからいいけどさ」


 コレルは寛容だった。ソウヤは腕を組む。


「最近、影竜は子供たちに教育熱心だったからな」

「そうなのか?」

「この前、カエデのシェイプシフターを手本に、影の操り方の練習をしていた」

「影……?」

「影竜の名前の通り、影の形になったりできるんだよ。真っ暗な洞窟で敵にしてみろ。あっという間にやられるぞ」


 初遭遇が、戦う寸前まで行ったソウヤである。ドラゴンであるミストがいなかったら、どうなっていたことか。


「ところで、ソウヤ。シェイプシフターって?」


 コレルが興味を示した。


「魔獣使いのお前にも知らない魔獣がいたか」

「皮肉はやめてくれ。……ということは魔獣なのか? 聞いたことがないが」

「獣……とは少々違うな。スライムみたいな形が本体だと思うが、こう色々な形に変身することができるんだ」

「魔獣というより魔物みたいな感じか」

「やっぱ意味違うの? 魔物って」

「妖怪とか化け物も含まれるな。案外、あいまいなものだが、ゴーストやスケルトンを魔獣とは言わんだろ?」


 確かに、とソウヤは頷いた。コレルが立ち上がった。


「シェイプシフターか……ちょっとご挨拶したいなぁ」

「こっちはいいのかい?」


 影竜とフォルスの親子喧嘩が進行中。フォルスが地団駄踏んで、何やら喚いている。それに怒号で返す影竜。


「親子喧嘩は犬も喰わぬってね」

「それ、夫婦喧嘩はー、じゃないですか?」


 レーラがツッコミを入れた。コレルは魔獣たちを連れて、その場を離れた。


「……さて」


 親子喧嘩を見やるソウヤに、レーラは言った。


「影竜さん、頭ごなしに怒鳴るのよくないと思うのですが……」

「ドラゴンといえど、完璧な親はいないってことかな」


 しかし、ドラゴン流の子育ては専門外。ソウヤも首を捻る。


 どうしたものか。

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