第416話、デュロス砦防衛戦


 先制の口火を切ったのは、砦上空に陣取ったゴールデンウィング二世号である。


 船体下部、その側面に備え付けられた電撃砲が電撃の弾を発砲、地上の汚染魔獣の大群へと攻撃を開始した。


 まさに大群だ。どこから現れたのかわからないが狼や大トカゲ、猪などなど雑多な魔獣が砦めがけて突っ込んでくる。


 砦の外壁から、迫り来る魔獣の群れを見やり、ソウヤは息を呑んだ。


「こりゃ、ちょっとヤバイかも」

「ちょっと?」


 カーシュが皮肉げに言えば、視線をミストに向けた。


「これを見て、ドラゴン様のご感想は?」

「ブレスで薙ぎ払ってもいいかしら?」


 ミストの表情も心なしか引きつっているように見えた。


「さすがに足の踏み場もないくらい押し寄せてくるのは気味が悪いわ」


 さながらグンタイアリの大群が進んでいるような密集具合である。数百なんてものではない。


「本当、これだけの数、どこにいたのよ?」

「十年間ここに汚染魔獣が留まっていた理由ってさ……」


 ソウヤは思ったことを口にした。


「留まっていた、というか留めていたって説あるかもな。つまり、来たるべく魔王軍の反撃のために、この十年でここでコツコツ戦力を蓄えていた……」

「塵も積もれば山となる、とか」


 カーシュはため息をついた。


「確かに、これだけ溜められれば、それが放たれた時の脅威は凄まじい」

「でもさすがにこれはやり過ぎじゃない?」


 ミストは苦笑した。


「ワタシたちを口封じするって数じゃないわよ」

「それだけ過大評価されてるかもな! 爺さんの結界があってよかったぜ」


 そうでなければ、あっという間にこの砦に乗り込まれたに違いない。


 ゴールデンウィング号からの対地攻撃が炸裂する。電撃弾が魔獣を直撃ないし吹き飛ばす。


 以前、ゴブリンの大群を上から一方的に叩いたが、今回は敵の足が速くて攻撃が追いついていない。


 空に浮いているから船が攻撃されることはないが……。


「非常によろしくないな……」


 形勢逆転には、この汚染魔獣を制御しているだろう装置を持っている敵を見つけ出すしかなさそうである。


 魔獣群の先頭が砦に達した。しかしジンが展開した結界の魔法に阻まれる。見たところ、壁のようなもので覆われ、侵入を阻止しているようだ。


 結界と正面衝突した魔獣らは頭を打ちつけ、その場に倒れたが次から次へとやってきた後続がぶつかり、または渋滞を引き起こした。


 すっかり囲まれてしまった。さすがに前が詰まっているから結界に突っ込んでくる魔獣はいなさそう――


「いや、いたな」


 トン、ドンと頭突きを繰り返している魔獣が見えた。後ろから押されて潰れているものもいるようだが、次第に死体の上に乗って、結界に沿って魔獣たちが上へと登ってくる。


 さながら魔獣の壁、肉の壁か。


 カーシュが目を剥いた。


「まずいな、結界の高さを超えて押し寄せてくるのでは……?」

「そもそも、この結界は保つのでしょうか?」


 リアハも焦りの表情を浮かべる。ダルが顔を引きつらせた。


「確かこの結界、上が開いているんでしたね。ジン様に上も塞いでもらったほうがいいかも……」

「とりあえず、ワタシが上から魔獣どもをなぎ払ってくるわ!」


 ミストがすっと胸壁の上に立った。飛び出すつもりだ。


「見て!」


 上空を指させば、ゴールデンウィング号からのドラゴンが二頭飛翔した。


 青い巨竜はアクアドラゴン。そして見慣れない灰色竜はクラウドドラゴンか。これまで美女姿しか見ていないクラウドドラゴンの初の竜形態だ。


 二頭のドラゴンは、それぞれその口から強力なブレス攻撃を吐き出し、地上の魔獣をいとも簡単にお空へと弾き飛ばしている。


 アクアドラゴンのウォーターブレスは凄まじい水圧と相まって、まるでダンプカーが魔獣たちを弾き飛ばしていくかの如く、威力を見せる。

 クラウドドラゴンのサンダーブレスは、雷鳴を轟かせ、射線上の魔獣たちの肉を一瞬で焦がし骸へと変えた。


「すげぇ威力!」


 ソウヤは目を見はる。地上最強の生物ドラゴン。その力は一国を容易く滅ぼす、とはよく言ったものだ。


「こうしちゃいられないわ!」


 ミストが飛び出すと、白き霧竜の姿となり空中からのブレス攻撃で地上の敵をなぎ払う。


 ドラゴン三体の攻撃を受けて、さすがの汚染魔獣群もタダでは済まない。


「助けられたのかな……」


 カーシュが眩しそうに目を細める。


「まさか、大竜様たちが手を貸してくれるとは」


 ミストはともかく、クラウドドラゴンとアクアドラゴンが参戦するなど思いもしなかった。


「願ってもないとはこのことか」


 ソウヤは微笑する。ダルが口元を歪めた。


「大方、誰かが地上の敵をどうにかしないと、お肉を食べられなくなるとドラゴン方を説得したんじゃないですかね?」

「お肉……」


 リアハが微妙な顔になった。圧倒的な力を振るうドラゴンが、ランチや晩餐につられて手を貸したと言うのか。


「そんなお願いがドラゴンにできる奴、うちにいたっけ?」


 ソウヤは首をかしげる。


 砦の周りを飛ぶドラゴン。これが味方とわかってなければ、恐ろしい光景である。とりあえず、地上の敵をある程度減らしてくれるので助かるのだが、やはり、根本的な解決を図らねばこの状況を脱せない。


 ゴールデンウィング号から、使い魔を飛ばして偵察をしているはずだが、中々連絡が来ない。


 靄のせいで、偵察能力が大きく下がっているのかもしれない。


 このまま見つからないなんてことはないだろうか? ソウヤは自然を表情を険しくさせた。


 敵の中に、必ずこの大群を動かしている装置があるはずなのだが――


「ねえ、ソウヤさん、ちょっと思ったんですけど」


 リアハが近くにきた。


「もしかして、その装置って、この砦にあるものではないでしょうか?」

「というと?」


 他に装置があるのではなく、この砦で見つかったそれ。


「この魔獣たち、この砦の装置に外敵――私たちが触れたから、壊されないように集まってきた、とは考えられませんか?」

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