第414話、デュロス砦の装置


 ゴールデンウィング二世号は、デュロス砦に到着した。


「かつては魔王軍の拠点だったが、今やただの廃墟、か」


 ソウヤは、十年ぶりに訪れるかつての敵の砦を見下ろした。汚染魔獣と戦い、それを操る魔王軍の将を倒した。


 なにぶん、メリンダ、コレル、フラッドが瀕死の傷を負ってアイテムボックスに収容された直後だったから、ソウヤと仲間たちの仇討ちテンションは凄まじかった。


 派手に暴れまわって、砦もその時の破壊が復旧されることなく打ち捨てられている。


 砦の一角で光が点滅していた。望遠鏡で覗き込めば、捜索グループのひとり――エルフの治癒魔術師のダルが照明魔法を点灯させていた。


 ここに来るまで魔力念話で危険の有無は確認してある。だからソウヤは少数を連れて、浮遊ボートで砦へと降下した。


「ようこそ、デュロス砦へ」


 ダルが朗らかに出迎えた。


「敵はいなかったって?」

「ええ、ミストさんが退屈してました」


 かつての敵拠点だから魔王軍の残党が潜んでいるのでは、と意気込んでいた。同行メンバーのひとり、リアハが首をかしげる。


「ミストさんって、戦いが好きなんでしょうか?」

「気になるか?」


 ソウヤが問えば、リアハは肩をすくめてみせた。


「少し」

「ドラゴンが絶対報復主義だっていうことは知っているな?」


 やられたらやり返す。それがドラゴンである。


「あいつは自分の住処に魔王軍の残党がやってきて、命を狙われたからな。敵対魔族には報復しているんだ」

「報復……」


 リアハは神妙な顔になった。


「どうした?」

「私も、国を魔王軍に滅茶苦茶にされましたから……」


 グレースランドは魔王軍残党の攻撃で崩壊の危機を迎えた。ソウヤたちの介入が速かったので、その民の犠牲は極少数で済んだ。


 だが取り返しのつかない事態に充分なり得たわけで、国も家族も失いかけたリアハにとっては、魔族憎しの感情がくすぶっている。


 ――まあ、すべての魔族が悪いって決めつけたくはないけど、こっちで遭遇する連中はほとんど敵対していたからなぁ。


 魔王軍残党ばかりで、例外は数えるほどしかいない。


 ――そういえば、魔王軍に敵対しているザンダーは元気にやってるのかね。


 連絡することがある時は接触するとか言っていたが、果たしてどう接触してくるのか予想できなかった。


 ダルに導かれてソウヤたちは歩く。石造りの砦の中は薄暗く、また長年の埃が蓄積していた。


 十年ほど意識が戻らなかったソウヤだったが、以前きた時から時間の経過を感じて少々センチメンタルな気分になった。


 目的の場所につく。部屋の中央に巨大魔石が設置されていて、何やら淡く光っている。


 近くにジンとカーシュがいた。


「呼ばれてきたぞ」

「ああ、待ってた」


 ジンは顎で巨大魔石を指した。


「あれが汚染魔獣が外に出なかった理由だ」

「なるほど、わからん。説明してくれ」

「鑑定の結果、あの装置が汚染魔獣のテリトリーの発生源だとわかった」

「汚染魔獣のテリトリー?」


 マジマジと老魔術師を見やる。


「一定範囲の大気に作用している。そのテリトリーの外に出ると、汚染魔獣は呼吸困難となり、やがては窒息する」

「それが本当なら、なるほど。汚染魔獣が拡散しなかったわけだ」


 十年間この辺りに留まっていたのは、その範囲から出たら死ぬからか。


「というか、死ぬんだな。再生すると思っていたんだが」

「完全な不死ではないということだな。殺す方法が見つかってよかったな」


 倒しても一定時間後に復活する魔獣を、本格的に魔王軍が使ってきたらかなり厄介なことになるところだった。


「これ、そのテリトリー大気をばらまいているんだよな? 人体に影響はあるか?」

「微妙にな。長い期間留まっていると害があるようだが、数日程度で病気になるとか、そこまでではないから安心しろ」


 それならいい――ソウヤは頷いた。


「魔王軍の連中は十年前にこれを研究していた。次に攻めてくる時、これを使ってくると思うか?」


 そう問うと、ジンは顎髭を撫でた。


「可能性はある。テリトリーを形成する必要があるが、その範囲内なら戦闘力も高い……」


 老魔術師は黙り込んだ。あまりに真面目な顔に、ソウヤは訝しむ。


「どうした、爺さん?」

「……何故、これがここにあるのか考えた」

「これって、このでかい魔石か?」

「そうだ。何故、魔王軍はこれを回収しなかった……?」

「回収?」


 ソウヤは考える。


「汚染魔獣を死なせないためじゃないか?」

「生かしておく意味があるのか?」


 ジンは質問した。


「これから近場を襲うというなら、なるほど生かしておいてもいいかもしれない。だがここ十年この辺りを徘徊させる以外、汚染魔獣は放置だった」

「この辺りに、人を近づかせないため?」

「何故だ?」


 それはソウヤに、というより自分に問いかけているようだった。


「何故、魔王軍残党は、このテリトリーを維持する必要があった?」

「回収し忘れたってオチは? これを使った魔王軍の幹部は十年前にオレたちが倒したわけだし」

「……そうであってくれたならいいのだが」


 ジンは眉をひそめる。


「もし、何かを守るためとか、まだなにがしらの実験を続けていて、ここに装置を置いてあったとしたら?」

「……前者はわからんが、後者は監視をしているってことだよな」


 ソウヤは首をひねった。


「オレたちが砦に入ったのも、監視がいるなら見られているってことになるな」

「もしそうだと仮定した場合、その監視者は次にどういう手を取る?」


 ジンの言葉にソウヤは口元を引き締めた。もし汚染魔獣と装置を今後も兵器として使うつもりなら、その弱点にもなり兼ねない秘密を人間側に知られるのをよしとしないはず。


「この装置の秘密がバレないように破壊する。そして秘密を知ったかもしれないオレらを消そうとする」

「防御スクリーン」


 ジンは単詠唱で防御魔法を発動させた。


「そう、口封じしてくる。爆発物か魔法による仕掛けを――」


 言いかけた時、室内が爆発した。ソウヤや部屋にいた全員を爆発と衝撃が襲い、煙が辺りを包んだ。


 室内が吹き飛び、中にいた人間もミンチに――ならなかった。


「このように、仕掛けていた……ケホッ」


 ジンがむせた。ソウヤは首を横に振る。


「危なかった。爺さんの魔法がなきゃやられたぜ」

「君もいい勘をしていたぞ」


 老魔術師は防御魔法で守った装置を見やる。


「さて、次は監視していた敵が探りにこっちへ来るぞ。……全員に警告しないと」

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