第408話、汚染


 浮遊ボートで降り立ったのは、ソウヤ、コレルのほか、ミスト、ジン、カマル、カーシュ、レーラ、メリンダ、フラッドだった。


 実は最初はレーラではなく、ダルが来るはずだったのだが、ソウヤの『嫌な予感』発言を気にしたレーラが強硬に同行を主張したため、この人選となった。


 治癒エキスパートが二人一緒だと、何かあった時に困るので分散させる。


 どの道、ダルはトルト峠時にはいなかったメンバーなので、無理に同行させることはない。肝心のコレルが完全に吹っ切れた様子だったので、治癒魔術師が同伴するまでもないだろうという結論に収まったのだ。


 とはいえ、コレル、メリンダ、フラッドにとっては因縁深い土地でもあるので、油断はできない。


「何だか、靄ってんな……」


 曇り空のせいでただでさえ暗く感じるのに、あまり視界がよいとは言えなかった。岩が多く、それも視界を狭めている一因だった。


 一応、空にはゴールデンウィング二世号があって、上から監視しているが、この様子ではほとんど役に立たないように思えた。


 人がいなくなって長いと聞いたがわかるような気がする。何故なら本当に何もないからだ。


 だが、その思いも長続きしなかった。


「臭う」


 コレルの声に、ミストも警告を発した。


「こちらへ複数……おそらく獣ね。近づいてくるわ」


 さほど時を置かず、この辺りに生息すると思われる魔獣に襲われた。


「気をつけろ!」


 コレルが声を張り上げた。


「呪いに汚染された魔獣だ!」


 その獣たちは体が紫がかっていて、目は赤く光っていた。狼、大トカゲなど、さほど珍しくはない種のはずなのだが、素人の目にも普通ではないとわかった。


「まだ呪いの魔獣が残っていたか!」


 カマルが吐き捨てるように言えば、ソウヤも斬鉄を構える。


「あの時は駆け抜けたからな。生き残りがいたんだろうな! 間違っても噛まれるなよ。呪いが伝染るぞ!」


 飛びかかってくる魔獣たち。これを撃退する中、コレルは顔を歪めた。


「こいつらにはまともな思考が残っていないのか……。ただ殺意のみで動いている!」


 魔獣使いは、魔獣の心がわかるという。汚染された獣たちが、もはや限られた本能のみで動いていることに、哀れみを感じたのだ。


 だが、すぐにそれ以上の感情にぶつかることになる。


「強そうなヤツ!」


 ミストが竜爪槍を、新たに現れた魔獣へと向ける。ソウヤはそれに気づいた。


「待て、ミスト!」


 そいつは――ソウヤが言う前に、コレルが叫んだ。


「天狼! 大牙!」

「テンロウ……? タイガ?」


 漆黒の大狼と、サーベルタイガーが唸り声をあげて、こちらを威嚇する。


「コレルの使役する従魔でござるよ」


 フラッドがミストに説明した。


「しかし、テンロウもタイガも、すでにやられていたはず!」

「見間違えるものか……!」


 コレルが前に出る。


「あいつは天狼、そして大牙だ!」

「でも汚染されている!」


 メリンダが叫んだ。


「襲ってくる!」


 二頭が戦場へと飛び込んだ。牙をむき出し、涎を垂らし、今にも獲物に食らいつかんとする勢いで、コレルへと突進する。


「お前たち……」


 コレルは歯噛みする。


「もう、お前たちの声が聞こえない」


 あんまりだった。思いがけない再会はしかし、歓喜ではなく狂気と死の臭い。家族を今度こそ殺さねばならないのか――コレルは苦悶に満ちた顔になった。


「コレル、まだ諦めるのは早いぞ!」


 老魔術師――ジンが魔法を使い、迫る二頭を抑えつけた。


「ソウヤ! この二頭をアイテムボックスに!」

「アイテムボックス!?」


 襲いかかるジャイアントリザードの頭を潰しながら、ソウヤは振り返った。


 一瞬理解できなかったが、すぐに以前、獣人化の呪いをかけられたカリュプスメンバーを殺すことなく保護したのを思い出した。


 ――なるほど、後で助ける方法を探すからとりあえずってことだな!


「了解した!」


 そうと決まれば、ソウヤは俄然やる気が出た。コレルの魔獣が敵として出てきた時、最悪の展開を想像したが、それが回避できるなら喜んでやろう。


「ソウヤ!」

「今、助ける!」


 大狼とサーベルタイガーがもがきながら、なおコレルへと迫っていた。そこへ駆けつけたソウヤがタッチ。


「収納!」


 時間経過無視のアイテムボックスに放り込む。


「大丈夫か、コレル!?」

「あ、ああ。すまん、恩に着る」

「礼を言うなら爺さんに言え」


 ソウヤは周囲を確認する。他の汚染魔獣は、元勇者パーティー組やミストといった歴戦の戦士たちの敵ではなかった。


 間もなく場は制圧できそうだった。ジンがやってきた。


「ソウヤ、この魔獣の死骸も回収してくれ」

「死体を?」

「確認したいことがある。時間は普通でいいから、とりあえず隔離した状態で収納できるか?」

「わかった。いくつ?」

「全部だ」


 ジンはきっぱりと言った。ソウヤは目を回した。


「全部かよ……」


 銀の翼商会で一番頭のいい魔術師の言葉だ。きっと何かあるのだろうと思い、ソウヤは魔獣の死骸をアイテムボックスに収納していった。


 周囲が静かになり、仲間たちが集まってくる。怪我をした者はレーラが治癒と呪い解除を行った。

 ミストが一息つく。


「そこらの魔獣より手強かったわね」

「殺意、敵意……」


 レーラが目を閉じた。


「とても強い負の感情を向けてきました」

「感情というか、本能のみという感じだ」


 コレルが悲しげな顔になる。そして老魔術師へと視線を向けた。


「それで、ジンと言ったか。天狼と大牙は助けられるのか?」

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