第407話、因縁の地へ
魔王討伐の旅の途中、魔王軍が支配するデュロス砦を、ソウヤたちは攻略した。
だがその前哨戦とも言うべき戦いがあった。
「トルト峠の悪夢」
カマルは言った。
ゴールデンウィング二世号は現在、高速にて古戦場へと向かっている。そのブリッジで、ソウヤとカマルが当時の仲間と今の仲間たちにかつての悪夢を語った。
「端的に言うと、魔王軍の魔術師たちの罠にはまった」
ソウヤが言えば、カマルは頷いた。
「辺り一帯に強力な呪いを散布したのだ」
「あれは覚えている」
そう発言したのはメリンダだった。
「近くの集落の村人がゾンビとなって襲ってきた。私とコレル、フラッドは偵察で進発していたが戦っているうちに呪いを浴びてしまった……」
「左様。我らがソウヤ殿のアイテムボックスに収容されたのもその時でござる」
フラッドが肩を落とした。
なお、レーラやダル、カーシュはこの頃はすでにアイテムボックスに収容済みだったので、トルト峠の一件は知らない。
その時の戦いで、コレルの使役していた魔獣たちも呪いでやられたり、あるいはその呪いから仲間を庇って死んだりと大変な状況になった。
コレル自身も傷を負い、駆けつけたソウヤやカマルらに助け出される頃に、近くに残っていた魔獣がギガントゴリラのクレル、ホーンバードのウメルカ、そしてカーバンクルのアルメアだった。
「アルメアはその戦いで死んだが、他の二頭は生き残ったんだな……」
ソウヤは主人が逃げ延びられるよう踏みとどまった魔獣たちに瞑目した。あの呪いのフィールドの対策ができたなら、あの魔獣たちを残すこともなかった。
初見で対策できなかったのが、ソウヤにとっては悔やみどころであった。
話を聞いていたジンが口を開いた。
「それで、今はそのトルト峠はどうなっているのかね?」
「現在はほぼ無人と言われている」
カマルが発言した。
「魔王軍が去った後も、あの辺りに人が戻らなかった、と報告を受けている」
「それは妙な話だ。魔王が討伐されて十年も経つのに」
老魔術師が顎髭を撫でる。カマルは首をひねった。
「さあ、最近はどうかはしらない。もしかしたら少しは住人が増えているかもしれない。ただ報告が上がっている限りではそうなっている」
「その呪いだかを嫌ったんじゃない。人間って、そういう迷信深いところあるでしょ?」
ミストが口をへの字に曲げた。
汚染された土地。確かに難しいな、とソウヤは思った。迷信というか、縁起担ぎというか。
ゴールデンウィングの操舵輪を握るライヤーが振り返った。
「人がいねえってんなら、そこは魔獣の宝庫になってるかもしれねえな」
「あるいは、魔王軍が戻ってきているかも」
そう言ったのはカーシュだ。ジンが再び口を開く。
「確認するが、その呪いというのは、どういうものなのかね?」
「ゾンビになる呪いでは?」
当時、その呪いにさらされたメリンダが言った。
「体が汚染されると、ゾンビになっていくという……」
「そうなのかね、ソウヤ?」
「そうだったっけ? カマル?」
「アンデッドの類のようだが、ゾンビとも少し違うというのが当時の専門家の意見だった。その呪いに汚染されると魔物化するというのが正しい」
その視線が、メリンダやフラッドに向く。ソウヤは言った。
「そうなる前に時間経過無視のアイテムボックスに収容できたのと、復活したレーラの力で呪いを除去できたんだから、お前らも運がよかったな」
コクコクとメリンダは首肯した。
そこへ、コレルがやってくる。
「待たせた」
「いや……さっぱりしたな、お前」
引きこもっている間に、すっかり悪臭をためこんでいた青年は、風呂に入り、ボサボサだった髪も手入れして別人のようになっていた。
ロン毛のニイちゃん。活動的で、どこか野性味がある。ちなみに髪を切ったのはダルだ。
「変わるものだな」
ジンが率直な感想を口にすれば、ミストもその隣でニヤリとした。
「ほんと。見違えたわ」
「どうも」
コレルはウインクを返した。
「それで、どこまで話が進んだんだ?」
「これから行くのがどんなところだったか、知らない奴らに話しているところだ」
ソウヤは答えた。
「呪いは消えたはずだが、どうも人が寄り付かなくなっちまっているらしい」
「そりゃあいい。アイツらを探すのに邪魔が入らなくて済む」
コレルは快活だった。割と人が多い場所は好きではなかったりする。
カマルは言った。
「因縁のある土地だからな。面倒がないことを祈ってはいる」
「――紳士淑女の皆様」
ライヤーが芝居がかった調子で言った。
「まもなく、トルト峠ー。……と事前に渡された地図ではそうなっているが、誰か確認してくれ。おれはここに来るのは初めてでね」
嫌な雲がでていた。空は黒雲に覆われ、荒涼たる大地が広がっている。
ミストが下を覗き込んだ。
「これは、人がいなさそうね」
「かといって魔獣の宝庫、というわけでもなさそうだ」
ジンが目を細める。
「岩場の多い地形だ。この船では降りられる場所はなさそうだぞ」
「ボートを出すか」
小型の浮遊ボートなら降りられるスペースはある。
ただ乗れる人数が限られるので、まず何人か降ろして、船と往復することになる。
ソウヤは提案した。
「いくつか班を編成して、わかれて探すか」
「いや、どうせアイツらを見つけても、オレがいなきゃどうにもならん」
コレルは首を振った。ジンは頷いた。
「ならば、メンバーは当時の勇者パーティーを中心にしたほうがいいだろうね。魔獣のほうが君らに気づくかもしれない」
「えー、ワタシは行くわよ」
ミストが声を上げると、ソウヤは首をすくめた。
「心配しないでもお前の索敵は頼りにしている。あと爺さん、あんたにも来てもらうぞ」
「私がかね?」
「船にいる魔術師と念話で交信できる人間がいて欲しい。爺さんなら、船に残っている奴の誰でも無理矢理、繋げられるだろ?」
「用心深いな」
「カマルも言ったろ。ここは因縁があるって」
ソウヤは眉をひそめた。
「嫌な予感がする」
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