第391話、正面突破する二人


「ぐはっ!?」

「うああああっ」


 闇を貫いて悲鳴が木霊する。


 ソウヤの斬鉄が盗賊の武器ごと砕いて吹き飛ばす。ミストは竜爪槍を突いて、敵の喉を貫くと引き抜き、槍を振り回して、横に回り込んだ別の盗賊を穂先の刃で切り裂いた。


「ま、待て……ごばぁ!」

「こいつらやべぇ! 誰か、御頭に報告だ! 人を寄越してもらえ! ヤバい奴らが攻めてきた!」


 たかだか二人に圧倒される盗賊たち。ソウヤがぶん回した斬鉄で、骨まで砕けて倒れる男。


「ミスト、少しペースを落とさねえと敵さんが全滅しちまうぞ!」

「このままアジトへ攻め上がっていくのはどう?」


 漆黒の戦乙女は逃げようとした盗賊を背中から串刺しにした。


「こっちからお迎えしたほうが、たぶん早いわ」


 とか話している間に騒がしくなってきた。新手の盗賊がアジトのほうから駆けつけてきたのだ。


 襲撃を聞きつけて急いできたようだが……。


 ――残念ながら鴨が葱を背負ってきただけなんだよなぁ。


 開店と同時に列を作っていた客が雪崩れ込んでくるかのように駆けてくる盗賊たち。


 ――ちょっと相手に勢いがついているな。


 ソウヤは斬鉄の先に魔力を集める。


「ここらで、ちょっと魔法が使えるってところを見せておこうか……なっ!」


 エアブラストォ! ――斬鉄を一閃。溜めた魔力を風魔法に変換、その衝撃波を敵集団に叩きつける!


 ボーリングのピンのごとくバタバタと倒れていく。態勢が崩れて、勢いが大きく削がれた。そこへミストが突撃する。


「本当に全部片付けちまうつもりか?」


 起き上がる盗賊を吹っ飛ばしながらソウヤは進んだ。二人はすでに村の北側にあるというアジトへと向かいつつあった。


 挑んでくる盗賊たちは冷静な判断力を失っているようだった。相手がたった二人だから、数で勝っている、強いけど囲めば――とか思っている間にやられていく。立ち止まって『一度距離をとれ』とか指示が出ないのだ。


 だが指示は出ないが、本能的に恐怖が勝って逃げる者もちらほら……。


「さすがに全員は向かってこないか。腰抜けめ!」


 ミストがそんなことを言った。


「もうお前は充分倒しているだろ? 他の連中の仕事も残しておけよ」


 周辺には夜目の利くカリュプスメンバー率いる新人たちが網を張っている。二、三人程度の逃亡は、たちまち片付けられるだろう。


「おやおや……」


 森に入ってすぐの盗賊たちのアジト、その洞穴入り口にはすでに見張りとおぼしき男が倒されていた。


「カーシュたちがアジトに乗り込んだんだな」


 敵アジトにいる連中の主力が表に誘導されている間に、アジトに突入して制圧する。


 ミストが声をあげた。


「えー、ワタシが行くまで待っているんじゃなかったの?」

「思いの外、アジトから出て行った人数が多かったのかもしれない」


 想定人数程度が出て行ってしまったから、アジトは手薄と判断したのかもしれない。


「案外、オレたちが倒した連中の中に、ここのボスがいたりしてな」

「だとしたら気づかなかったわ」


 ミストは眉をひそめた。


「あまりに印象なさ過ぎて」



  ・  ・  ・



「ヤバイヤバイ、ソウヤさん、マジで強いわ」


 王国魔術団から出向しているアーチは、ソウヤとミストが盗賊たちを蹴散らして進んでいくのを目の当たりにした。


 最初、たった二人で囮同然の正面突破をやると聞いた時、大丈夫なのか、と不安になった。


 ソウヤはかつて勇者として魔王軍と戦った。ミストもまた商会でも一、二を争う実力者と言われ、あのソフィアの師匠のひとりでもあるという。


 だが多勢に無勢ではないかとアーチは思った。だから包囲組であるが、ソウヤたちの後方にいるということで、すぐに援護なり救助ができるようにしていたのだが……。


 その必要がなかった。


「やっぱり勇者って強いなぁ」


 人間ってあんな簡単に吹っ飛ぶものだっけ? 剣の形をした金属の塊が高速でぶつかれば、おそらく即死だろう。


 魔術師であるアーチはメイスを武器に使うこともあるから、鈍器でも充分人を倒せるのを知ってはいる。しかし、物には限度というものがあるのだ。


「なあ、リッシュ。俺たち、出番なさそうだぞ……」

「気を抜くなよ、アーチ。ここは戦場だぞ!」


 と、見た目は金髪の好青年である同僚リッシュが、視線を正面に向けたまま言った。


 別に気を抜いているわけではないが……。アーチはムッとする。魔術団の同僚ではあるが、別に仲がいいわけではない。


「それより見えているか? 賊がひとり逃げる……!」

「ちっ、こっちへ来れば、やっつけてやれるのに!」


 アーチたちが張っている地点の左へと逃げようとしている敵がいた。


 届くか? アーチが魔法を使うか逡巡していると、茂みから黒い影のようなものが飛び出し、その盗賊を倒した。


 まるで待ち伏せしていた肉食獣が獲物を捕食するかのような速さだった。


「あれは……」

「オダシューだ」


 リッシュが言った。倒した敵のそばで、のっそりと頭を上げたのはカリュプスメンバーのリーダーであるオダシューだった。


「あっちもすげぇ。さすが暗殺者」


 アーチは純粋に感心した。一瞬だったが野生の獣が一撃で獲物を仕留めるような、うまく言えないが美しさがあった。


「フン」


 リッシュは鼻をならした。この同僚、暗殺者をあまり快く思っていないのだ。別に肉親が暗殺者に殺されたとかそういう因縁はないのだが、職業に対する偏見が影響しているのだろう。


「本当、こりゃ出番ないな……」


 アーチは小さく呟いた。


 ソウヤとミストは快進撃を続け、アーチたち包囲組もそれを追って包囲を狭めている。


 そしてとうとう、敵のアジト前まで到着してしまったのである。


 盗賊を逃がさない保険であることはわかってはいる。だが――


『俺たち、いなくてもよくね?』


 そう思わずにいられないアーチだった。


 保険は準備しても使わずに済むのが一番いいんだ、とは、のちのソウヤの言葉ではあるが。

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