第366話、残ったのは――

 準決勝、第二試合。フマーサとソフィアの対決。

 第一試合が、開始早々の激突だったのに対して静かな立ち上がりとなった。


「……?」


 観客たちは、目を疑う。


 両者、始まったというのにその場から一歩も動かない。互いに睨み合ったまま、数秒が経過した。


 周囲がざわめき出した頃、フマーサは苦い笑みを浮かべた。


「おいおい、マジか。こっちが四方八方から攻撃してるってのに、まったくの無傷かい」

「何かしたの? まるで見えなかったわ」


 ソフィアが煽るように言った。


「ミスター・インヴィジブル?」


 その魔法は見えず、相手は自分が何をされたかわからないまま倒れる。


「僕は無色の魔法と呼んでいるんだけどね。君もその使い手かな?」

「さあ、どうかしら。魔法なんて、魔力次第で色も形も変わるわ」

「うーん、困ったな……」


 フマーサは肩をすくめた。


「君に話しかけている間に、十発撃ち込んだんだけど、どれだけその防御魔法凄いの」


 普通なら魔法の衝突で削られて、魔法のシールドも消滅しているところだ。それにビクともしないとは、ソフィアの張った魔法の強力さを物語る。


「そんなに固かった? まあ、そうよね」


 ソフィアはゆったりとした足取りで歩き出す。


「あなたの魔法は届かない。それじゃあ、こちらも反撃といきましょう!」


 ライトニング!――ソフィアとフマーサのほぼ中間あたりから電撃弾が飛び出した。


 しかし、フマーサも防御の魔法を展開済みだった。


「痺れるねぇ。僕の防御魔法が、ただの一発でガタガタだ」

「じゃあ、連続したら、耐えられるかしら?」


 ソフィアは魔法を一発ずつ、しかし連続で放つ。


「くっ、多重障壁!」


 フマーサは複数の防御魔法を重ねて展開する。ソフィアの魔法が、障壁を一枚、二枚と消滅させるが、フマーサも新たな障壁を張ることで、攻撃を届かせない。


「あと何枚張れるのかしら、ミスター?」

「……」


 フマーサは答えない。いや、答える余裕がなかった。立て続けの攻撃に、障壁はドンドン破壊され、フマーサも次々に障壁を張らないと、防ぎきれない。


 少しでも展開が遅れれば、やられてしまう。攻撃は届かずとも、焦燥が彼を攻め立てた。


「私、魔力量には自信があるんだけど……あなたはどう?」


 膠着状態に見える。しかし、魔力が尽きれば、決着はすぐにつくだろう。


「でも、次は決勝戦なのよね。……あまり消耗したくはないから、決めるわよ! 浸食!」


 魔力を操作、フマーサの展開する防御障壁に干渉。その障壁を形成する魔力に浸食し、その部分の結合を解除する。


 すると、防御障壁に穴が開く!


「なっ……!?」

「終わりよ!」


 人差し指を向けるソフィア。ライトニングが放たれ、針の穴を通すが如く、障壁の穴を突き抜けて、フマーサにヒットした。


「バケモノめ……!」


 フマーサの護符が発動、彼の体は転移した。


「勝者、ソフィア・グラスニカ!」


 観衆が熱狂した。ソフィアが駒を進め、決勝のカードが決まる。


 ティーガーマスケ対、ソフィア・グラスニカ。


 残す試合は、決勝のみ。



  ・  ・  ・



 ソフィアが勝った。


 セイジはマスクを被ったまま、彼女の戦いを観戦していた。


 当初予想していた通りの展開にはならなかった。ソフィアは、例の回避不能の魔法を使わずに、ミスター・インヴィジブルに勝利した。


 必殺技など使わなくても勝てる。彼女はそう言っているのだ。


 強者の貫禄。さながら女王だ。ジンやミストは、よくもこんな魔術師を育てたものだ。その才能が羨ましい。嫉妬するほどに。


 ソフィアの戦いぶりは、セイジにこう言っているようだ。


「あなたに私の予測なんてできないでしょ?」と。


 セイジがソフィアを知っているように、ソフィアもまたセイジを知っている。


 彼女に魔法勝負で勝つのは至難の業。だからあらゆる手を尽くしてセイジが挑んでくるだろうことを、ソフィアもわかっている。


 ソフィアは、準決勝でセイジの知らない魔法を使った。手の内を見せてくれた? とんでもない。手札がいっぱいあることを見せて、セイジの予想を難しくさせているのだ。


 セイジは『見る』ことを重視し、対策を充分に練ってくる。


 早撃ちのフルグルの攻撃を逆手にとり、反射で瞬殺したのもそれだ。得意技はその者に絶対の自信を与えるが、相手はそれを一番警戒しているから、出始めがわかれば対処もしやすい。


 ハメ技を使ったら、逆にハメられていた。対策されれば、そこに実力差はほとんど影響しない。


 魔術師としてはフルグルのほうが優れていただろう。だが結果をみれば、勝ったのはセイジだった。


 勝負は力の差だけで決まるものでもないのだ。


 どうすればいい?


 セイジは悩む。


 昨日のバトルロイヤルで、直接対決となった最後、手数の多さに圧倒されて倒された。必殺技を使わずとも、余裕でセイジを負かせられる――と、ソフィアは考えているはずだ。


 ――そうか。


 そこでセイジは、気づいた。回避不能な必殺の魔法は、ギリギリまで彼女は使ってこない。


 何故なら、この魔法大会は、ソフィアにとっては自分という存在をアピールするという目的がある。


 優勝するのはもちろんだが、最後は派手に勝たねば意味がない。


 何が起きたわからない必殺技よりも、誰にでもわかりやすい圧倒的な勝利が彼女の理想だ。


 それなら、まだ抵抗の余地がある。



  ・  ・  ・



 ティーガーマスケは、ひとり考えている。


 助言者席にいるソウヤやジンには見向きもしない。


「あいつ、爺さんに助言を求めないつもりか?」

「最後は自分ひとりの力で、ソフィア嬢に勝つつもりなのだろう」


 ジンは腕を組み、頷いた。ソウヤは眉間にしわを寄せる。


「勝てるのか?」

「さあ。だが、彼は諦めていない」

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