第363話、準々決勝、開幕


 魔法大会のトーナメントは、予定より少々遅れたものの再開となった。


 会場の調査で、魔族や、その他怪しい道具や装置が発見されなかったからだ。警備の兵が倍増されたが、観客たちはそうとは知らず、大会の進行を喜んだ。


 ベスト4を賭けた戦いの先陣を切るのは、セイジことティーガーマスケと氷使いのキオンの対決。


 灰髪の若い魔術師は、リングをあっという間に吹雪吹き荒れるフィールドに変えた。轟々たる風が音を奪い、雪が視界を悪くする。


「……見づらい」


 観戦するソウヤは、思わず呟いた。ジンは腕を組んだ。


「まあ、護符があるから、音や視界が不自由でも死ぬことはないが、もし現実に戦うとしたら、かなり厄介だろうね」

「相手の視覚と聴覚を封じる、となると、距離を取れば自分は隠れられるもんな。でも同時に、向こうも相手が見えなくねえか?」

「氷使いということだからな。悪天候下でも敵を探る術は持っているだろう」


 そうでなければ強みが活かせないのだ。


「ちなみに、セイジに勝機はあると思うか?」

「充分あるだろう」


 ジンは自信たっぷりだった。よほど弟子を信用しているらしい。


「何せ、彼はミスト嬢の教えも自分のものに取り込んでいたからね。視界不良だろうが、相手を探す能力を持っている」


 リング上に無数の氷の柱が発生する。キオンが攻撃魔法でティーガーマスケを攻撃しているのだろう。


 見づらいとはいえ完全に見えないわけではない。派手な攻撃が続き、片やキオン優勢かと、場が盛り上がるが。


「押しているってか? いや、仕留めきれずにイラだってねえかな?」


 ソウヤは率直にコメントした。


 攻撃が当たらないから、何度も氷魔法を撃っているのだ。


「セイジはうまくかいくぐっているようだ」

「今頃キオンも、何故、自分の攻撃魔法が躱されているのか不思議に思っているだろうね」


 見づらくなっている場で、魔法の発生を避けるというのは簡単ではない。だがティーガーマスケは、攻撃の発生を読んで避け続けている。


「気配察知。ミスト嬢の魔力探知に加えて、ガルたち暗殺者の敵を察知する力。それらが合わさって、最強に見える。……終わりだ」


 転送の光が見えた。勝負ありだ。リングの上の吹雪が収まり、そこに立っていたのは――


『ティーガーマスケだぁっ! 虎の戦士がベスト4、一番乗りを決めましたぁぁっ!』


 実況の声が会場に響き渡る。


 ソウヤは、ホッと息をついた。


「大したもんだ、セイジの奴」


 探索の先導も任せられるな、とソウヤは思った。よくここまで成長したものだと思った。



  ・  ・  ・



 第2試合は、ゴーレム使いブラッゾと、魔法格闘士ティスの戦い。


 ストーンゴーレムと土属性魔法の使い手であるブラッゾ。ゴーレムを盾にしつつ、実質二対一の戦いとなるのだが、ティスはそれを正面から打ち砕いた。


 拳で。


 岩をも砕く魔法の打撃。そうでなければ、どこに小柄かつ貧相に見える少女が、巨大なゴーレムや岩の壁を粉砕できるというのか。


「魔法格闘士ってすげぇな」

「まあ、人間として見るならね」


 ジンは皮肉っぽく口を緩めた。


「でも、うちのドラゴンさんたちは、あれくらいできそうだぞ」


 素手でゴーレムを砕く。


「そりゃ、ドラゴンを引き合いに出したら反則だろ」


 ミストあたりも余裕でゴーレムを粉砕しそうではある。


「ソウヤは――」

「オレだって武器がなきゃ、ああもやれねえな」


 斬鉄あたりでやれば、ゴーレムを切ったり、あるいは砕いたりはできるとは思う。


「しかし、セイジはあれと戦えるのか……?」


 ティスの魔法格闘とやらは、魔法というより、ガルたちカリュプスの者たちの戦闘スキルに近い気がした。


 つまりは、純粋な近接スキルが物を言う。


「あのティスって娘、相当な使い手だぞ」


 ソウヤは眉をひそめた。


 いくらセイジが最近、力をつけてきたとはいえ、体術の熟練具合では、おそらく根っからの戦士であるティスには、遠く及ばないだろう。


 ソウヤとて、ティスがいつから魔法格闘士をやっているのか知らないが、動きを見た限り、幼少の頃から訓練を積んできたものだろうことはわかる。


 付け焼き刃とまでは言わないが、セイジでは経験の差は圧倒的についてしまっているに違いない。


 ジンは顎髭をいじった。


「そこは、魔法のセンスとひらめきに期待するしかないな」


 もちろん経験も大事だが、と老魔術師は言った。


「ここは魔法大会だ。お互いに近接戦スタイルだからと言って、それに合わせる必要はない。距離をとって魔法戦を仕掛ける、という手もある」

「投射魔法が効くような相手とも思えんがなぁ」


 ソウヤは、ゴーレム使いの魔法を素早さでかいくぐりつつ距離を詰めたティスの戦いぶりを思い出す。


「あれだけ動けると、リングの上は狭いぞ」

「そう。それが問題でもある」


 ジンも認めた。


「セイジがどう戦うか、見守るしかないな」

「それはそれとして――」


 周囲がざわついている。ソウヤはリングを見つめ、片方の眉を吊り上げた。


「次の試合が始まらないな」


 魔術師が一人立っている。しかし対戦相手の姿はどこにもない。


「あー、そうか。ザンダーだ」


 先ほどの魂収集装置の騒動の後、立ち去った魔族の魔術師。彼もベスト8まで勝ち残った参加者であったから、当然、試合があった。


 だが、今はもうここにはいない。


「これ、知らせに行ったほうがいいか?」

「我々は関係者じゃないんだ。いいんじゃないか」


 ジンはのんびりした調子で言った。


 会場のざわめきもまた大きくなる。現れることのない対戦相手の登場を待つことしばし、大会規定により、ミスター・インヴィジブルの異名を持つフマーサの不戦勝が決まった。


 そして、ベスト4進出を決める最後の試合が始まる。

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