第364話、準決勝へ


 勝ち進むのは六色の魔術師ソフィアか、闇の魔術師ヴィオレットか。


 まもなく、第四試合の火蓋が切られる。


「すっかり、『六色』が通り名になっちまってるな」


 ソウヤが言えば、ジンは頷いた。


「今のところ、唯一無二の称号だからね」

「でも、爺さんは全部使えるんだろ? 全色の魔術師」

「全色か……」


 ジンは微妙な表情を浮かべた。どうやらお気に召さなかったらしい。


 そして試合が始まった。


「ファイアボール!」


 牽制とばかりに、ソフィアが火の玉を三つ放った。


 紫色のフード付きローブをまとうヴィオレットが片手を軽く振ると、黒い円が現れた。


 それはまるで盾のように、飛来する火を防いだ。


「何か、魔法が吸い込まれたように見えた」

「実際に吸収されたな」


 ジンがそう指摘した。


 リング上のソフィアは、自身の魔法が防がれ、鼻をならす。


「ふうん、やるわね。これでどう!? アイスブラスト!」


 氷の刃が複数具現化。それが矢のように飛翔する。


「――なんで、短詠唱なんだ……?」


 観客席のソウヤは、違和感を抱く。ソフィアは無詠唱でも魔法が使えるはずだ。


 実際、ソフィアの魔法は、ヴィオレットの黒い渦のような魔法によって阻まれている。


「あれは囮だ」


 ジンは指摘した。


「見ろ、正面で引きつけている間に――」


 ヴィオレットの後ろ上方に光が現れる。ライトニングの魔法だ。片方を詠唱しつつ、別の魔法を無詠唱、つまり思考で制御するダブルスペルである。


 しかし――


「無駄です」


 ヴィオレットの頭上に黒い渦が発生して、電撃弾を飲み込んだ。


「貴女が、無詠唱で魔法が使えるのは知っています」


 フードに隠れて、その表情は見えないが、ヴィオレットの声は弾んでいた。


「ワタシは相手の魔法詠唱を遮って、解除するのが好きなのですが、さすがに無詠唱ではカウンタースペルは使えない。だから手を変えました。このダークゲートの魔法で、貴女の魔法を全て吸収して、攻撃を封じると」

「つらつらと説明をどうも」


 ソフィアは杖を構え、サンダーボルトを放つ。それは雷の竜。しかし、ヴィオレットのダークゲートなる魔法が、それをも吸い込んだ。


「無駄ですよ。貴女の魔法は通用しません」


 一歩ずつ距離を詰める闇魔術の使い手。


「どんどん攻撃してください。このダークゲートがその魔力を吸収して、さらに強くなります!」

「なるほどね。魔法を封じられた時のために、とっておきを用意しておいたんだけど、手を変えてきたんじゃあしょうがない」


 ソフィアは嘆息した。ヴィオレットの声に笑みが混じる。


「降参ですか? 六色の魔術師」

「誰が!」


 ソフィアの杖から水の塊、アクアブラストが発射された。それはたちまち津波のように広がり、押し寄せる。


「ふふ、このダークゲートに隙間があるとお思いですか?」


 ぶつかる水の塊をすべて闇の渦が飲み込む。水滴ひとつ通さない闇魔法に、口元を綻ばせるヴィオレットだが、次の瞬間――


「へ……!?」


 胴体にソニックブラストの直撃を受けて、吹き飛ぶ。


「水魔法は囮よ」


 ソフィアは自身の耳もとにかかる髪を払った。


「あいにくと、私、防御魔法の裏に魔法を送り込むことができるのよね……」


 従姉妹のセリアを叩きのめした障壁無視の一撃。


 ヴィオレットの目を押し寄せる水魔法に引きつけている間に、ダークゲートの裏にある魔力で、風魔法を発生させる。


 大気中にも魔力は存在する。その気になれば、距離に関係なく魔法は発動させられる。


「私の勝ちよ、闇使い」


 ベスト4が出揃った。



  ・  ・  ・



「やっぱり華があるよね……」


 ティーガーマスケことセイジは、ソフィアの戦いぶりを見ていた。


 六色の魔術師――賞賛と尊敬を集める美少女魔術師。突然現れた新星を、セイジは知っている。


 呪いのせいで、魔法が使えず、苦しんだ彼女。それでも諦め切れずに、あがき、努力を重ねてきた彼女。


 共に学び、日々成長していくソフィアの姿を、セイジは間近で見てきた。


 だから、素直に凄いと言える。


 同時に、自分がどうあがとうとも、彼女の能力に追いつくことはないと感じた。


 伝説の魔術師、歴史に名を残す偉大な人物になるだろうことは間違いない。


 すでに彼女の伝説は始まっている。その手始めが六色の魔術師。


 彼女は、どんどん大きくなる。


 ――凡人である僕と違って……!


 ソフィアは、天才だ。魔力量の多さは圧倒的ではあるが、それを縦横に使いこなし、かのクレイマン王の指導でさらに手がつけられなくなった。


 もはや、彼女に魔法で勝てる人間などそうはいない。もちろん、師であるジンや、ドラゴンたちは別だ。


 この魔法大会で魔法で勝負すれば、セイジはソフィアに百戦百敗だろう。


 あの、相手の防御の裏、つまり回避不能の至近距離からの魔法を防ぐ手がない限り、ソフィアは一歩も動くことなく、勝つことができる。


 初戦からそれができたのにしなかったのは、他の参加者たちがそれを見て、対抗策を講じると面倒だから。必ず勝てる技を、極力温存する。


 だが、セイジの読みでは、彼女の次の対戦相手であるフマーサには、その回避不能魔法で瞬殺すると思われる。攻撃が見えない相手とまともにやり合うくらいなら、速攻で終わらせるのが最善だからだ。


 そして決勝戦でも、それで相手を秒で倒し、そのまま優勝だ。


 対策がなければ、負ける。


 セイジは思案するが、あいにくとそこまでの時間はなかった。


 何故なら、準決勝が開始されるからだ。


 魔法格闘士ティスは、すでにリングに上がり、じっとセイジ――ティーガーマスケを睨んでいた。戦意みなぎり、待ちきれないという顔をしている。


 彼女を倒さないと次はない。


 セイジはスッと呼吸をして、気持ちを鎮めると、リングへと向かった。


 わぁっ、と、うねりのように観客たちの声が響く。

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