第361話、人間と魔族の信用


「出番がなかったな」

「えー、終わっちゃった?」


 クラウドドラゴンとアクアドラゴンは後ろで他人事のように言っていた。


 ソウヤたちより少し遅れただけで、場はすでに制圧されていた。いかにソウヤ、ジン、ザンダーの仕事があっという間だったかわかる。


「ひとりくらい残しておけば、情報を得られたかもな」

「奇遇だな、爺さん。オレも同じことを思った」


 倒してしまった後だが。


「だが装置のスイッチを入れそうだったんでね。動き出したら困るだろ?」

「確かに」


 老魔術師は頷いた。ソウヤは言った。


「ザンダー、こいつが例の装置なんだな? 人間の魂を収集するとかいう」

「人間の、ではなく生き物の、だ。正確には」


 ザンダーはソウヤのもとへ歩み寄る。倒した魔族の死体を避けて、装置を見上げる。ジンが口を開いた。


「話を聞いていなかったのだが、この装置をどうするつもりだね?」

「もちろん、責任を持ってこちらで引き取る」


 ザンダーは、装置に触れた。


「ここにこんなものがあっても、兵器に利用されるだけだ。こちらで処理をする」

「はい、そうですか、と、信じられればよかったのだが……」

「心配するな、これを人間に対して使うつもりはない」

「では、何に使うつもりなのだ?」


 剣呑な空気が漂う。ソウヤも斬鉄を握り込む。


「君は魔族と戦った。なるほど魔王軍ではないかもしれない。だが、この装置をお引き取り願えるほど、私は君を信用していない」

「正論だ。人間と魔族の関係を考えれば、信じられないのも無理もない」


 ザンダーは冷静だった。


「だが、ここで君たち人間に引き渡すという選択肢もない。それこそ、これを人間がどのように使うかわからないのでね」

「そこでひとつの提案がある」


 ジンは、ソウヤを見た。


「君なら、これをどうする?」

「ここで破壊する」


 ソウヤは斬鉄を装置に向けた。


「大勢の人間、いや、生き物の魂を収集するってんだろう。つまりは生き物の命を奪う兵器だ。壊すに限る」


 ザンダーは黙する。これは意見の相違か。対立も覚悟するソウヤだが、灰色ローブの魔術師は頷いた。


「よかろう。それが一番後腐れなさそうだ」


 そう言うと、ザンダーは装置から離れた。


「それで、誰がやるね?」

「ソウヤ」


 ジンが言ったので、ソウヤは斬鉄を振りかぶる。


「任された。うおぉぉりゃあっ!」


 ガキン、と一発。装置の外装がかなりへこんだ。そこでふと気づく。


「これって、物理破壊して大丈夫か? 爆発しない?」


 ジンとザンダーは顔を見合わせた。


「なら、私がやろう」


 ジンは手をかざすと、バキバキっと音を立てて、装置が丸められた紙くずのように圧縮されていった。金属部品などお構いなし。凄まじい力で潰れ、小さくなったそれは、魔法の膜に包まれたかと思ったら、やがて消えた。


「お見事」


 ザンダーが、ジンを褒めた。


「さて、これで私の役目は終わったな」


 魔族の魔術師は、背中を向けた。


「魔王軍の企みは阻めた。大会はあるが、魔族と知られた以上、長居すると面倒に巻き込まれそうだから、退散させてもらうとするよ」

「ありがとうな、ザンダー」


 ソウヤは、そう声をかけた。


「おかげで会場の人たちが救われた」


 ジンがザンダーに気づき、ソウヤが確かめなかったら、数万規模の人間が、それと気づかず魂を奪われるところだった。


「意外だ。魔族に礼を言うのかね、君は?」

「あんたにも都合があるんだろうが、結果として救われたのは事実だ。そこに魔族も人間もねえよ」

「なるほど」


 ザンダーは口元を笑みの形に変えた。


「では、私からも今日のことで魔王の復活を阻むことができた。協力に感謝させてもらおう」

「今後はもっと緊密に連絡を取りたいね」


 ジンが口を挟んだ。


「魔王軍絡みの情報や、君たちのことを含めて」


 魔族の敵対勢力に、さらに敵対する者たち。敵の敵は味方となり得る。


「そうだな。互いに協力できることもあるかもしれない」


 ザンダーは、もっともだ、と言う。


「何かあれば、君らに情報を流そう。……連絡先はどこがいいかな?」

「そういや、名乗ってなかったな。オレはソウヤ。銀の翼商会という行商と、白銀の翼という冒険者を兼業してる」

「ソウヤ……魔王を打ち倒した勇者と同じ名前だな」

「そうだ。覚えやすいだろ?」


 ソウヤは皮肉げに笑った。ザンダーは肩をすくめた。


「わかった。魔王軍の動きで、人間たちにとって面倒なことや企みがわかれば、知らせる」

「できれば、魔王軍の残党のアジトのひとつでもすぐに聞きたいんだがね」


 ジンが腕を組んだ。ザンダーは答える。


「本拠地の所在については私にもわからん。何せ移動しているからね」


 移動している? 首をひねるソウヤをよそには、魔族の魔術師は言った。


「前線拠点として、廃城や廃村、人が寄り付かない場所に連中はアジトを作っている。我々も正確な場所は把握していないが、それらを手当たり次第に探れば、どこかで当たりを引くはずだ」

「廃城や廃村ね……。ありがとう」


 ソウヤは笑みを浮かべた。立ち去るザンダーに、最後にひとつ。


「こっちから連絡したい時はどうすればいい?」

「そうだな。こっちでも適当な手段がないか考えて、決めたら知らせる」

「わかった。待ってる」

「さらばだ、魔族の友よ。幸運を」

「君たちもな、人間の友よ」


 ザンダーは消えた。その姿が見えなくなってから、ジンがポツリと言った。


「彼を行かせてもよかったのか?」

「捕まえて尋問しろってか? 恩を仇で返すのが人間の流儀か?」

「たまたま一致しただけで、恩を売ったわけではないと思うがね」

「そういうあんたは、あいつのことを『友』とか言ったじゃないか」

「君が引き留めなかったからな。別れるなら後腐れがないほうがいい」

「ずるいな、あんたは」

「それが大人というものだろう?」


 老魔術師はニヤリと笑う。そこでソウヤも皮肉っぽく口もとを歪めた。


「それで、追跡しているのか?」

「ああ、保険はかけたからね。……気づいていたのか?」

「爺さんなら、オレが言わずともやると思っていたよ」

「信用されている、と解釈しておこう。まあ、私もアレをただで逃がさないよ」


 ジンは静かに頷いた。

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