第360話、魂収集装置


「大変だ」


 魔族が、この闘技場内に潜入し、人間から魂を強奪する魔法装置を仕掛けているらしい。


 こうしている間にも、魔王軍の手先が恐怖の装置を組み立て、会場に集まった王都住民を生け贄にしようとしている。


 当然、ソウヤはこれは見過ごせない。


「ザンダー、その装置はどこだ? どこで組み立てている?」

「それはわからん。我々も、魔王軍の計画を察知してやってきたが、具体的にどこに、どのように仕掛けているのかまではつかんでいない」


 ザンダーは周囲を見回した。


「だから、私はこうして会場を歩いて、魔族の工作員や装置の手がかりを探しているというわけだ」

「その装置は、組み立てが必要なところからして、それなり大きいのか?」


 ジンが質問すれば、ザンダーは首肯した。


「ああ、会場全体に影響する装置だからな。人ひとりが持ち運ぶのは無理な大きさだろう。当然、そのまま抱えたら一発でバレるような代物だと推測できる」


 だからバラして運び込んでいるのだ。


 ソウヤは唸る。


「組み立てが必要。そして人の目につかない場所でないといけない。どこだ……? 倉庫か? それとも観覧用ボックス席のどこかとか?」

「……闘技場のリングの真下にある地下室」


 ジンが言った。ソウヤは目を剥く。


「何だって?」

「参加者は防御魔法と転移魔法が発動する護符を携帯しているだろう? あれの転送先にあるのが、リング下地下室だよ」


 ジンは説明した。


「昨日、セイジに聞いたが、それなりに広い部屋だったという」

「それなら、私も利用した」


 ザンダーが言った。


「バトルロイヤルでは、複数人が一挙に転移させられたからな。それらがぶつからないように、部屋は大きく作られていた。……あそこに装置を置くのか?」

「今回はトーナメントで、しかも大休憩中だから、誰も転移してこない」


 つまり、そこで何か作業をしていても、よほどのことがなければノーチェック。


「仮に組み立てが終わる前に大会が再開されてしまっても、転移で飛ばされてくる敗者はひとりずつだから、転移してきたところを待ち伏せして倒すのもさほど難しくないだろう。決勝で会場のボルテージが最大になった時に、装置が使えればいいわけだから」

「しかも、あの地下室は闘技場のちょうど真ん中だ」


 ザンダーは顎に手を当てて考える。


「今は、誰も近づかないのが確実だ。広さもある。仕掛ける条件としては、これほど打ってつけの場所もない」

「なら、さっさとそいつをぶっ潰しに行こうぜ!」


 ソウヤは即断した。今は観客が食事休憩で、闘技場を出入りしているが、いざ大会が再開されれば、人は集まる一方になる。グズグズしていられない。


「爺さん、ミストたちはアルガンテ王と一緒にいるだろう? 念話で魔王軍の企みについて通報してもらえ」


 こちとら元勇者で、魔族との戦闘のプロだから現場に向かおうとしているが、本当なら王国の治安担当、警備担当がするべき仕事だ。部外者が何とかしようと、無断で動くのはよろしくない。


 通報の義務は果たしておく。その上で、緊急性が高いから専門部隊が到着するまでにやれることをやる。救護隊員を待っていたら手遅れになるとわかっているなら、応急処置はしておくものである。


「では行くとしよう」


 ソウヤ、ジン、そしてザンダーは移動を開始した。人払いの魔法を解除したのだろう。世界に色が戻った。


 するとクラウドドラゴンとアクアドラゴンが追いついてきた。


「今までどこにいた? 急に消えたからびっくりしたぞ」

「消えた?」


 あの灰色の景色の中にいたら、ドラゴンにすら感知できなかったようだ。人払いの魔法、恐るべし。


 ――これ、使えたら潜入も暗殺も楽にできてしまうのでは……?


 ソウヤは先を急ぎつつ、ザンダーの魔法に背筋が冷えた。


 ――もし、こいつが魔王軍だったなら、装置も悟られずに運び込むことができるのでは……。


 だが現実には、ザンダーは魔王軍ではなく、むしろ敵対しているという。人間のため、というよりは、魔王が復活されたら困るという理由ではあるが、共同戦線を張っている。


 ――だが、この魔法は要注意だな。


 ソウヤは心の中にそれを留めた。



  ・  ・  ・



 闘技場リング下の地下室は、高さこそ低めだが体育館程度に広かった。リングを設置したらここでも競技ができるだろう。


 だが、今ここにあるのは、リングではなく、得体の知れない機械。グレースランドの王城の屋上に設置された大型魔道具を連想した。


 そこには複数の人間の姿があった。兵士、観客らしき一般人。冒険者と思われる戦士や魔術師も。装置に取り付いて作業している者もいる。


「ナンだね、キミたちハ?」


 かなり癖の強い片言で話しかけられた。


「その装置に用がある!」


 ソウヤが代表して言えば、ザンダーが後ろから言った。


「商人。あれだ。魂収集の装置に違いない!」

「キサっ……! コロセ!」


 人間――に化けた魔族が武器を手に襲いかかってきた。


 ソウヤに対してさっそく飛び掛かってきたが――


「無駄だっ!」


 アイテムボックスから斬鉄を出し、そのままの勢いで兵士の胴体をへし折った。


「グァワアアーッ!」


 装置にまでぶっ飛び、作業していた魔族の背中に直撃する。


「サンダーボルト」


 ザンダーの短詠唱とともに、手から雷が迸り、敵を複数感電させる。そして肉の焼け焦げたような臭いと共に、魔族がバタバタと倒れる。


「ライトニング!」


 ジンもまた、電撃弾を放ち、正確に敵を撃ち抜いていく。


 二人の魔術師が雑魚を掃除している間に、ソウヤは装置のもとへと駆ける。装置の反対側にいた魔族が向かってくるが、斬鉄を振り回せば、あっという間にミンチになった。


 作業していたオークらしい魔族が、装置のスイッチを入れようとしていたので、速攻で叩き潰す。


 ――ひとりくらい残しておきたかったな。


 周りに敵魔族の姿はない。全滅、そして装置を確保した。

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