第320話、アクアドラゴン……?


 水天の宝玉は、通信の魔道具だった。


 クラウドドラゴンが、さっそく使ってみせたが――


『……』


 念話玉は、うんともすんとも言わなかった。


「通じない?」


 ソウヤはクラウドドラゴンに問うた。彼女は小首をかしげる。


「うーん、使い方が間違っているのかしら? なにぶん大昔のことだし」

「アクアドラゴン自体が、すでに死亡している可能性は?」


 ジンが言った。伝説の四大竜といえば、かなり古い時代から生きている存在。人化したクラウドドラゴンが若き美女である一方、アースドラゴンは、かなりの老齢アピールをしていた。


 アクアドラゴンも、相当に歳を重ねていることだろう。


「それはないわ」

「ええ、ないわ」


 ミストと、クラウドドラゴンは口を揃えた。


「もし、アクアドラゴンが命を落とせば、上級のドラゴン全員の知るところになる。その知らせを、ワタシも、彼女も知らないということは、まだ生きているということよ」

「……じゃあ、何故出ない?」


 水天の宝玉は、うんともすんとも言わない。クラウドドラゴンは言った。


「アクアドラゴンが手元に念話玉を持っていないか、それか寝ているのかもしれないわね」

「だといいのだが」

「なんだよ、爺さん。思わせぶりなことを言うじゃないか」


 ソウヤが言えば、老魔術師は腕を組んだ。


「最近の魔王軍の残党の怪しげな動きを考えるとな、どうも楽観できないというか」

「伝説の四大竜のひとつだぞ。魔族がちょっかいを出すとでも?」

「実際に、彼らはドラゴンにちょっかいを出しているじゃないか」


 ジンは、ミストを見た。


「それもそうね。ワタシのテリトリーにもモンスターをけしかけてきたし」

「そういえば、影竜のところもそうだっけ」


 影竜とその子供たちが、いまソウヤたちと一緒にいるのは、魔族が原因にある。


「魔族は、人間と違って海底でも行動できる種族がいる。アクアドラゴンに何らかのアクションを起こしている可能性も捨てきれない」


 前例があるから、油断できない。まだ四大竜には手を出していないが、これからも手を出さないという保証にはならないのだ。


「それはつまり、アクアドラゴンが無事かどうか、確認する必要がある……そう爺さんは言いたいわけか?」

「魔族の手に落ちた、とか、そういう事態になっていないことを祈るしかないな」


 ジンは顎髭を撫でた。ソウヤは頭をかいた。


「念話玉にアクアドラゴンが出てくれれば、確認になるんだが……」


 期待を込めてみたクラウドドラゴンだが、彼女は首を横に振った。


「で、確認するけど、アクアドラゴンってどこにいるんだ?」

「テリトリーが変わっていなければ、南東の大海にある孤島、その海の底にいるはず」

「海の底か……」


 先ほどまでのやりとりで、そんな気がしていたソウヤである。


「そんなところまで、どう行けばいいんだ?」


 試しにミストとクラウドドラゴンを見たが、彼女たちは海の底は無理と否定の首振り。


 飛空艇は海の中には行けない。素潜りで何とかできる深さではないだろうし、魔法で呼吸はどうこうできても、水圧に耐えられるわけがない。


 ソウヤがジンを見れば、かの御仁は小さく息をついた。


「つまり、君はこう言いたいわけだ。『潜水艦はないか?』と」

「持っているのか?」

「さほど大きくはないが、持っているよ」


 さすが伝説のクレイマン王。飛空艇のみならず、潜水艦も保有していた。


「ただ、潜水艦で海の底へ行くとして、肝心のアクアドラゴンとの交信は――」

「それは念話でどうにかなる」


 クラウドドラゴンが発言した。


「そこまで近づけば、念話玉の有無は関係ない。無事ならそれで問題ない」


 最悪、アクアドラゴンが魔族と何かしらトラブルになっていなければ、生存確認しただけで引き返してもいいわけだ。


「オーケー。じゃあ、このまま念話玉に応答がないようなら、直接確認しに行こう」


 何かあってからでは遅いのだ。


「ただ、そうなると往復と探索で、最低でも数日。もっとかかるかもしれないな」


 王都では、魔法大会が行われる予定だ。グラスニカ家当主のイリクも観戦の予定で、ソフィアはその大会に出ることになっている。


「話は聞かせてもらいました」


 すっ、と、いつから聞いていたのか、そのイリクと娘ソフィアがやってきていた。


「何だか凄いお話をされているので、口を挟めなかったのですが」

「どこまで聞いてました?」


 水天の宝玉、アクアドラゴン、潜水艦――どれも少々説明が必要な代物であるが。


「アクアドラゴンを探して、海底に向かうというところからです」


 イリクは、目を輝かせていた。


「海の底へ行く乗り物があるようにお見受けいたしました。つきましては、私めも同行したく思います」

「イリクさん……」


 ソウヤは困惑した。


「陛下からいただいた休みは二日。明日には王都に戻らなくてはいけないのでは?」

「多少の遅れは、ご了承いただけましょう。陛下とて、何かあればこういうこともあるとご承知されております」

「いいんですか?」

「はい! 海の底に行く経験など、そうそうにない事柄。伝説の四大竜であるアクアドラゴンに会いに行くともなれば、なおのこと。この貴重な体験は、宮廷魔術師であるからには体験せねばなりますまい」


 ――そりゃ、このままで行けば、一生のうちに一度あるかないかの経験だろうが……。


 ソウヤは考える。


「転送ボックスで、陛下には手紙を出しておきます。王都に戻るのが少々先になる、と」

「ありがたい! ぜひ、よろしくお願いいたします」


 イリクは行く気満々のようだった。隣でソフィアが、父親に呆れ顔になる。


「……こうなると好奇心の赴くままになってしまうのよね……。大会までに戻れなかったらどうするつもりなの?」

「構わん。別に私が参加するわけではないし、何かスピーチをするわけではないからな。観覧席にいて、参加者の魔法とその腕前を見るだけだ」

「わたしは参加することになっているんですけど!」


 ソフィアは大会にエントリーしているから、不在ならば不戦敗となってしまう。イリクは不思議そうな顔をする。


「お前がそこまで魔法に積極的になるとはな……」

「な、何よ、そんな目で見ないでよ」


 父親が見ている大会に参加するのを渋っていたのにな――ソウヤは思ったが、そこは黙っておこうと思った。


 ともあれ、王都に戻る前に、アクアドラゴンの様子を見に行くという寄り道をすることになったのであった。

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