第319話、水天の宝玉についての真実


「断固、破壊すべきよ!」


 水天の宝玉について聞いたミストの意見は、それだった。


 タルボット商会から戻ったソウヤは、ジンとミストを呼んだ。そしてクレイグから預かった水天の宝玉について事情を説明した。


 当然ながら、ミストはイライラモード。誇り高いドラゴンを支配する魔道具じみたものが存在すること自体、言語道断と言わんばかりだった。


 無理もない。他者を奴隷にできるアイテムを、誰かが持って使うなんて怖すぎる。


「爺さん、どうだ?」

「……うむ、水天の宝玉に間違いない」


 老魔術師は、鑑定魔法で、その水色の宝玉を調べた。


「しかし、ドラゴンを操る能力、というのは確認できないな」

「どういうことだ?」


 ソウヤが問えば、ジンは水天の宝玉を指でつまんだ。


「伝説が独り歩きしている、ということだ。竜を操った、というのは、少なくともこの宝玉の力ではないな」

「なんだ」


 ミストが、拍子抜けしたように肩をすくめた。


「そりゃそうよね。ドラゴンを操ることができるなんて代物が本当にあって、それが盗み出されたら、草の根を分けてでも探し出していただろうし」

「どうかな? 水天の宝玉を持った奴から取り戻そうと挑んだら、操られてしまうから、手が出せなかったって説もあるかも」


 ソウヤは冗談めかした。


「実際には、特殊な力はなかったが……じゃあなんで、そんなドラゴンを支配できるなんて伝説ができたんだ」

「これの所有者が、ドラゴンを支配できる能力を持っていた――」


 ジンは顎髭に手を当てた。


「宝玉の力と嘘をついて、自分の能力のダミーに使ったという可能性」

「あー、その可能性はあるか」


 ソウヤは腕を組んだ。


「まさか爺さんじゃないよな?」

「私ではないよ」


 ジンは苦笑した。


「それで、この宝玉はどうする?」

「どうするべきかな」


 ソウヤは、クレイグから聞いた処分方法について、二人に告げた。


「第四の選択として、『壊す』」


 ミストは言った。


「ドラゴンを操る力はないぞ?」

「でも、変な伝説がついているわ。たとえ、実際には無害でも、それを知らない人間が宝玉を求めてくるかもしれない。争いが起きる」

「その争いに魔族が参戦するかもしれない」


 ジンは頷いた。


「ドラゴンを支配すれば、人類に反撃ができる――魔王軍の残党も喜んで、これを手に入れようとするだろう。……ただの宝玉だったとしてもね」

「オレもその可能性は考えた」


 ソウヤは、想像したそれを振り払うように首を振った。


「捨てるか、壊すってのが一番無難かもな」


 しかし、水天の宝玉について謎は残る。


「効果がないって話だけど、じゃあこいつを使おうとした国が滅ぼされたっていうのはどういうことだろう?」

「宝玉を巡って、戦争でもしたんじゃないの?」


 ミストが適当な調子で言った。


「ドラゴンが、その宝玉を危険視して滅ぼしたってのもあるかもしれないけれど、それならその際に宝玉を奪うなり、破壊されていないとおかしいわ」


 言われてみれば、いつまでも人間世界にあるのは不自然ではある。


「つまり人間同士で、奪い合い、戦争になって滅びた、と」

「とある国がドラゴンを支配したとなれば、その国の周辺国がこぞって、宝玉を持つ国を危険視して攻め滅ぼした、というのがもっともらしくあるな」


 ジンはそう指摘した。野心ある国が持てば、侵略などに使うかもしれない。そうなる前に周りと結託して、野心ある国を滅ぼしてしまおう――ということである。


「実際には効果のない宝玉で、国がいくつも滅びたとか、恐ろしい話だな」


 ソウヤは、ジンから水天の宝玉を受け取り、しげしげと見つめる。


「なかったことにするのが一番だな、こりゃ」

「壊す? ねえ、壊す?」

「何でお前は、そんなにこれを壊したがるんだよ?」


 逸るミストに、困惑するソウヤである。


 そこへ、美女――クラウドドラゴンが顔を覗かせた。


「懐かしい気配を感じた」

「何のことだ?」


 ソウヤが顔を向ければ、クラウドドラゴンが見つめ返してきた。すすっ、と距離を詰めると、ソウヤの手にしている水天の宝玉を間近で見る。


「これは?」

「水天の宝玉。ドラゴンを操る力があるとか言われている宝玉。……気をつけろよ。ドラゴンが近づくと操られちゃうぞ?」


 冗談を言うソウヤ。しかしクラウドドラゴンは、やはり宝玉をじっと見やる。


「その宝玉に、そんな力はないわよ」


 きっぱり、あっさりとクラウドドラゴンは言った。ソウヤは目を丸くする。


「これのことを知っているのか?」

「知っているも何も、アクアドラゴンの念話玉よ」

「ネンワダマ……?」


 初めての単語に、ソウヤは困惑する。ミストが口を開いた。


「念話玉……って、念話に関係が?」

「そう。普通なら念話でも届かない場所にいても、念話を飛ばしてやりとりできる特殊な玉」


 通信機のようなものだろう。ソウヤは手の中の宝玉を見つめる。


「ミストは知らなかった?」

「ええ、初めて」

「無理もないわ」


 クラウドドラゴンは淡々と言った。


「これは、アクアドラゴンの分泌物から作られるもので、世界でも数えるほどしかない」


 レアな代物だと言う。だが一個しかないもの、と思っていたから、意外と数があるんだ、とソウヤは感じた。


「ワタシも昔、アクアドラゴンからもらったのだけれど、どこへやったかしら。海の底でも通じるから、やりとりに便利なのだけれど」


 クラウドドラゴンは、ソウヤの手から念話玉を取ると、少し磨いた。すると、宝玉がわずかに光った。


「あー、あー。アクアドラゴン、聞こえるかしら?」


 クラウドドラゴンは、唐突に念話玉を使用した。

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