第289話、大精霊の危機?


 転送ボックスで送られてきた手紙は、ゴールデンウィング二世号にいるセイジからだった。


 内容を簡潔に言うと『大精霊が弱っている』らしい。


 本体がいる泉に帰すと約束した手前、ソウヤは急いでゴールデンウィング二世号に戻った。


 ウィスペル島の人形たちは、ジンが制御下においたので攻撃してくることもなく、ゴールデンウィング二世号は都市遺跡まで移動していた。


 ちなみに、船を操船したのはフィーアである。


 都市遺跡から戻ったソウヤは、さっそく大精霊を見舞うが、なるほど確かに弱っていた。


 ダルにさっそく診断してもらえば――


「体内魔力の減少が見られます」

「それって……」


 ソウヤは嫌な予感がした。


「レーラと同じ魔力欠乏……?」

「私は、レーラ様を直接診察していないので、同じかはわかりませんが……」


 そう前置きしてダルが言った。


「この妖精の体を維持する魔力が減ってきています。解決策としては、魔力を供給する、または魔力が豊富な環境に連れて行くことが考えられます」

「それなら、すぐそこにあるじゃない」


 ミストが口を開いた。


「クラウドドラゴンがいた巣穴あたりは、龍脈の上だから、魔力は溺れるほどあるわ」

「ええ、それでひとまずは解決……だとは思うのですが」


 どうにも歯切れが悪かった。


「何か問題でも?」

「いえ、これは懸念というか、気になっていることなんですが」


 ダルは真面目な調子で言った。


「もしかしたら、この分身のほうではなく、本体に問題が起きたのでは……と思って」

「本体……?」


 それは、大精霊の泉にいるとされる大精霊本体のことか。いま、クラウドドラゴンの起こした嵐で、外界と隔絶状態にある。


「いま、泉のある島はクラウドドラゴンが居着いているんですよね?」


 エルフの治癒魔術師の表情は深刻だった。


「もし、島の環境を大きく変えるようなことが起きていたら……。大精霊の泉が汚されるようなことがあれば、大精霊の存在自体が危ういのではないでしょうか」


 本体が消えるようなことがあれば、当然分身のほうも消えてしまうだろう。嵐が消えた後に、大精霊がいなくなっている泉に行っても何の意味もない。


「事は急を要する、か?」

「現地の状況がわからないので憶測でしかないのですが……。分身に異常があったら、普通は本体を疑うのが自然だと思います」

「何が起きているのかわからない、というのがネックよね」


 ミストは眉をひそめた。


「クラウドドラゴンが嵐を消すまで、待っていられないという可能性もあるわけね?」

「大丈夫なのかもしれませんし、大丈夫じゃないかもしれない」

「結局、行ってみるしかないわけだ」


 ソウヤは頷いた。大精霊がピンチかもしれないなら行って救わねばならない。


「でも、問題がある」


 成り行きを見守っていたカーシュが口を開いた。


「嵐に囲まれた島にどうやって行くか……」

「前に見た時は、猛烈な暴風が吹き荒れ、風で壁ができているみたいだった」


 ミストは不機嫌そのものだった。


「あれに直接行くのはワタシには無理。飛空艇でもおそらくバラバラでしょうね」

「地上から……海から行くってのは無理そうだな」


 ソウヤも腕を組む。


 そもそも、突破できるようなら、クラウドドラゴンにどうにかしてもらおうと探したりしなかった。……そもそもの原因は、探していたクラウドドラゴンにあったわけだが。


 ジンが言った。


「なら、浮遊島で直接、嵐へと突入しよう」

「島で!?」


 ソウヤはもちろん、その場にいた全員が驚いた。


「いくら強い嵐といえど、島ひとつを吹き飛ばすようなものでもあるまい。風の壁を抜け、中にいるというクラウドドラゴンと接触を図る、というのはどうだろう?」

「確かに、島なら吹き飛ばされることはないか」


 ソウヤは考える。クレイマンの浮遊島は大きい。いかに嵐といえど、その島をひっくり返したりはできない。


「そもそも、私の浮遊島で駄目なら、嵐に覆われたあの島も無事には済まないだろうよ」


 土も木も吹き飛ばされ、泉とて無事ではない――とジンは言うのだ。


 ミストが首をひねった。


「動くの? あの島」

「動くよ」


 ジンが頷き、ソウヤも口を挟んだ。


「浮遊島と島の一部だったウィスペル島の位置が違っていただろ? もし島が動かないのであれば、ウィスペル島の上に浮遊島がなきゃおかしい」


 だが現実には、双方ともこの世界の昼と夜、別の位置にあった。


「でもいいのか、爺さん。さすがに島が跳ね返されってことはないだろうけど、嵐に突っ込めば、地表の被害とか出るだろ?」


 たとえばあの城とか。建造物が無傷で済む保証はない。


「なあに、昔の家のひとつであって、いま住んでいる場所ではない」


 惜しむ様子など微塵もなく老魔術師は言った。


「最悪、クラウドドラゴンに襲われることも覚悟していかねばなるまい」

「そうだなぁ、そっちが問題か」


 今も嵐を展開して侵入を拒んでいる風の古竜である。そこへ乗り込んだら、交戦となる可能性が高い。


「そうなると、どれくらい回復したか、だよな……」


 通常の状態より、力は落ちているとは予想される。だが、ソウヤたちは、古竜がどれほどの強さを持つかわからない。


 以前、アースドラゴンに出会ったが、あの時は穏やかな交渉で済んだ。


「手傷を負っている時は気性は荒くなるものだ」


 ジンはミストを見た。


「問答無用で攻撃される可能性もあるが……その辺りは、どうだろうか?」

「さあ、傷の具合にもよるんじゃないかしら」


 ミストは、うーんと唸った。


「あれの考えってのが、いまいちわからないのよね。ごめんなさいね、参考にならなくて」

「仕方ないよ。そもそもドラゴン同士つるむってあんまなさそうだし」


 ソウヤはフォローした。影竜だって一緒にいるのに、あまりミストとも積極的に交流している様子もない。


 近くにいてあれでは、遠く離れた場所にいたドラゴンのことなど、知らないことのほうが多いだろう。


「よし、爺さん。浮遊島を動かしてくれ。大精霊のいる島に向かうぞ」


 ソウヤは決断した。弱っている大精霊。分身とはいえ、このまま見捨てたりはしない。

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