第286話、本当に欲しいもの


 ライヤーやソフィア、リアハと合流したところで、改めてジンが『クレイマン王』であったことが告げられた。


 三人は当然驚いた。しかし、異世界を飛び回ったり、寿命を超越して人間を遥かに上回る年月を生きているなど、にわかには信じがたい内容は、彼、彼女らを大いに困惑させた。


「でも、ソウヤさんも、異世界からきた勇者ですし」


 リアハが、ようやくそう言った。


「そういうこともあるかもしれません」


 不老不死はともかく、ある程度、信じようという空気にはなっていた。


「しかし、あんたも人が悪いなジイさん。自分がクレイマンだってこと、黙っているなんて。……遺跡の場所も知ってたんだろ?」


 教えてくれれば、苦労することもなかったのでは――と、ライヤーは言いたいようだった。


「いや、私がこの世界を離れてから5千年以上の月日が流れているんだ。覚えていないよ。それに、まさか浮遊島が割れて海に落ちていたなんて、思いもしなかったさ」

「じゃあ、ウィスペル島のことは……」

「当時はそんな名前の島はなかった。だから名前を聞いてもピンとこなかった」


 ただ、人形の操る飛空艇や、それらの町があると聞いた時、もしかしたら……とは思ったらしい。


「そこで転送ボックスに、クレイマンの遺跡を見つけたと知らせが入って、ようやく確信したわけだ。だから、ここに気づいたのは君らとさほど変わらない」


 それからジンは、カーシュやオダシューに船を任せると、単身都市遺跡へ向かい、人形とゴーレムを制御下に置いた。安全を確保した後で、ソウヤたちに合流したとのことだった。


「さて、そうなると、ここのお宝だが……」


 ライヤーがどこかバツの悪い顔になった。


「持ち主が帰ってきたわけで、おれたちが手に入れたものは――」

「あぁ、君たちで自由にしていい」


 あっさりとジンは、その所有権を認めた。ソフィアとライヤーは目を丸くした。


「え……?」

「いいのかよ?」

「金銀財宝はな。好きに持っていっても構わないよ。だがそれ以外のものについては、一言相談してくれ。物によっては、そのまま渡したら危険なものもあるからね」

「マジかよ」


 ライヤーは嬉しそうだった。お宝について盛り上がる仲間たちをよそに、ソウヤは気になっていることを口にした。


「それで、爺さん。あんたに聞きたいことがある」

「何だね?」

「あんたがクレイマンだった、ということをいまさらどうこう言うつもりはない。その上で確認したい。レーラを治療する薬はあるのか?」


 ソウヤの真面目な調子に、リアハ、ミストの表情も引き締まる。


 このクレイマンの遺跡を探索した理由は、聖女レーラの魔力欠乏からの復活の手がかりになる薬やアイテムなどがないかである。


 遺跡を見つけてほしい、と依頼されてはいたが、クラウドドラゴン捜索を後回しにして、ここを探したのは、すべてレーラのためだ。


 金銀財宝、飛空艇、機械人形……。どれも価値があるものだ。だがそれよりも大事なものがある。


「正直に言えば、イエスであり、ノーだ」


 ジンはこちらも真面目な口調になる。誤魔化すでも冗談を言っている様子はない。


「わかるように言ってくれ」

「端的に言えば、その薬で治るだろう。だが、それは本当のところは魔力欠乏を治すための薬ではないのだ」

「……ジン」

「場所を移そう」


 ジンは席を立った。


「話すのは君だけだ、ソウヤ。他の者には悪いが、ここで待っていてくれ」



  ・  ・  ・



 宝物殿の奥へと続く通路を、ソウヤはジンに導かれて進んだ。


 何故、彼はソウヤだけを呼んだのか。当のソウヤには見当もつかない。


「この先に、その治すことができる薬がある……それで間違いないか、爺さん?」

「あぁ、それは間違いない」


 ジンの声は重かった。嘘は言っていないが、どこか歯切れの悪さを感じる。


「ソウヤ、君は、不老不死になりたいか?」


 唐突な問いだった。ソウヤはまばたきをする。


「どういうことだ?」

「そのままの意味だ。不老不死になれるとしたら、君はなりたいか」

「……どうだろうな」


 ソウヤは考える。


「魔王を討伐する旅の時は、死なない体だったら……って思ったことは何度もあった。いまは、そういうふうに考えることはあまりないが」

「永遠の命は欲しくないか?」

「もらえるとしてかい? 素直にありがとう、ってもらえない気がするな」


 ソウヤは小さく笑みの形に口元を歪めた。


「とくに、さっきあんたが言った『呪い』だってのを聞いた後だとな。親しい友人たちが先に逝く――それを見つめ続けるのは、正直辛い」

「そうだな」


 ジンは認めた。通路を抜けて、とある小部屋に到着する。


 石の祭壇があって、ジンがそれに手を当てると、石が綺麗に割れて、中のものをせり上げた。


 何らかの液体の入った瓶だった。小さくて、一口分しかないが。


「……これが、その薬か?」

「そうだ。ありとあらゆる病や怪我を治し、飲んだ者に永遠の若さと命を与える秘薬……エリクサーだ」

「!?」


 エリクサー――飲めば不老不死になる霊薬または秘薬だ。あらゆる病を治し、永遠の命を得られるとして、権力者をはじめ様々な人間が欲してやまない幻の薬だ。


 人は寿命があり、ささいなことで死んでしまう。そうした死から解放されるとあれば、求めるのも無理はない。


 同時に、存在するだけで争いが起きることだろう。激しい奪い合いに殺し合い、生にしがみつくものの無残な死体が山になるだろうことは想像に難くない。


 それが、目の前にある。息が詰まった。


 所詮、エリクサーなど幻の薬だ。現実に存在するはずがないと思っていた。


 だが、それが確かにあるのだ。手を伸ばせば届くところに。


 何だろう。欲しいと特に思っていなかったはずなのに、目にした途端、急に欲しくなってきた。


 これは誘惑か。己の、本当は恐れている死を回避できる手段を、本能が欲しているのか。


 人を引きつける魔力。その心に囁き、心を揺さぶってくる。


 衝動。そう、これは衝動だ。


 落ち着け。気の迷いだ。つい手を伸ばしたくなるというスリルに感覚が酔っているだけだ――ソウヤは胸に手を当てる。


 深呼吸をし、衝動を抑え込む。


 一息ついた時、ジンがじっとソウヤを見ていたことに気づいた。何も言わず、ただ待っていたのだ。


「落ち着いたかね?」

「すべてお見通しか」


 衝動に支配されそうになったのも見透かされ、ソウヤはばつが悪くなる。しかしジンは首を横に振った。


「なに、よくあることだよ。これを前にして、心穏やかな人間などそうはいない」

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