第243話、影竜の話を思い出した
いつも真面目なカーシュが何やら重い表情になるものだから、不吉な予感がするソウヤ。とりあえず、話を聞いてみる。
「レーラ様を回復させる方法についてなんだが……」
「何か思いついたのか?」
期待をにじませれば、元聖騎士はやはり難しい顔で言った。
「影竜が以前、話をしたのを覚えているか? 世界の果てにあるという時空回廊の話」
「……古代竜人の遺跡で、時を歪める祭壇がある、だったか?」
その祭壇にものを置くと、時間が戻るという。つまり――
「レーラをその祭壇に置けば、時間が戻って、魔力欠乏になる前の健全な状態に戻るというやつか?」
「その通り。……影竜の話が本当で、その祭壇が本当に逆戻りする力があるなら、だけど」
時間経過無視のアイテムボックス内のレーラを、外に出して祭壇の力で、回復させる。彼女が魔力欠乏に陥って、十数分程度。代償の寿命も、十数分程度ならまだ軽い。
だが――
「いるかもわからない大精霊を探すのや、あるかもわからない秘薬を探すよりは可能性はある。ただ、場所が悪すぎる」
古代竜であるファイアードラゴンがテリトリーとするその島は、侵入者を許さない。あの戦闘が好きなミストでさえ、躊躇する場所だ。
ファイアードラゴンと、その眷属たちが時空回廊のある島を守り、侵入した者を皆殺しにする。
影竜やミストの話から、アースドラゴンのように、こちらの言い分を聞いてくれるような相手ではない。
そんな話のわからない相手なら倒してしまえば、と少々暴力的な案もあるにはあるが、始末の悪いことに、その場合、世界中の火に関係する属性のドラゴンから報復されるだろうという。
自分ひとりなら受けて立つのだが、見境いなくしたドラゴンたちが付近のものも関係なく攻撃し、国ひとつを滅ぼしてしまう恐れがあった。無関係な多くの生命を巻き添えにするのは、元勇者としては避けたかった。
「ファイアードラゴンとその眷属にバレずに忍び込む手段が必要だ。だがこれは、最終手段として考えよう」
無駄に刺激して世界に破壊をまき散らすわけにはいかない。それでレーラを取り戻しても、彼女が精神的に病んでしまう。
「とはいえ、選択肢があるのはいいことだよな」
何もないよりは、あったほうがいい。
・ ・ ・
銀の翼商会は王都を出た。エンネア王国にある精霊の泉を目指して、西方へ。
街道を進めば、旅人や徘徊する魔獣と遭遇。前者には休憩用の軽食や飲料水を。後者は向かってくる場合は撃破する。
夜になれば、浮遊バイクとトレーラーの一団は街道を離れて野営をする。もっとも、見張りを残して、アイテムボックスハウスへと帰る。自分の部屋のベッドで寝られることの何と気が安まることか。
ソウヤはお休み前に、アイテムボックス内の影竜のテリトリーに足を踏み入れる。最近、本当に顔を合わせていないので、様子見である。
「ドラゴンが、しばらく食わなくても平気だって聞いてもなぁ」
薄暗いテリトリー内。まったく明かりがないが、アイテムボックスの環境調整で、うすぼんやりとは視界は確保されている。
「ひょっとして、もうベビーが生まれているかもしれないな」
子供にかかりっきりの親――そういえば、ドラゴンは育児をするのだろうか、とふと思う。
世界にはさまざまな動物がいるが、卵を産んだら後は、まったく関知しない種もいるらしい。
また肉食の生物の中には、生まれる前に父親を追放するというのもあるそうな。……何でもその種のオスは、自分の子供ですら食べてしまうからだとか。子種を提供したら、あとは他人みたいなものだろうか。
『――ソウヤか』
闇の中、影竜の声がした。この感じからすると、ドラゴン形態だろう。少々威圧的だ。
「どんな様子だい、影竜。顔を見てないから、気になって見に来た」
ソウヤは、世間話のような気安さで言った。すると、影竜は鼻で笑ったようだった。
『ふん、ここほど安全な場所もないのに、心配してきたのか? おかしな奴だ』
「同じアイテムボックス内に住んでいる者同士だからな。何かあっても困る」
『お前でなければ、吹っ飛ばしているところだ』
「おいおい、怖いな」
苦笑するソウヤ。それだけ影竜は卵を気にかけているのだろう。
「その様子だと、ひょっとして、もう生まれたか?」
『まだだ。だが……もうすぐだ』
影竜は答えた。巣に近づくソウヤは、巨大なドラゴンの卵ふたつを発見する。
「お、動いてる?」
『そうだ。もう間もなく生まれる。近づき過ぎると、餌だと思って食われるかもしれんぞ』
「警告痛み入る」
ソウヤは、ある程度近づいたところで立ち止まった。ガタガタと卵が小刻みに震えている。
ドラゴンが生まれる瞬間など、超貴重な光景ではないか。このタイミングに居合わせた幸運に感謝しつつ、その瞬間を待つ。
ぱりっ、と卵にヒビが入った。
――きたきた……!
これ、他の仲間たちも呼ぼうかとソウヤは思ったが、影竜があまり人を近づけさせたくない様子なので、自重した。呼んでいる間に、レアな光景を見逃してしまいそうでもある。
そしてその時がきた。
殻を突き破り、ドラゴンベビーがその産声を上げた。粘液上のものが鱗の表面でテカっている。
ミストは、赤ちゃんなんて不細工と評していたが、トカゲっぽい頭のドラゴンベビーはどこか愛嬌があるとソウヤは感じた。
影竜は黒っぽいのに、そのベビーは白っぽい。成長するに従って、鱗の色が変わるのかもしれない。たしか、鳥もそんな感じだったと思う。
ドラゴンベビーが鳴き声を発するが、大人ドラゴンと比べると鈴の音のようで、可愛いと思う。
手前の卵に引き続き、後ろの卵も殻を破ってドラゴンベビーが顔を覗かせた。殻が頭の上に乗っている。
闇の中からヌッと影竜が現れ、ベビーの頭の上の殻を銜えて取り去る。そのベビーが顔を上げれば、母ドラゴンとご対面。
「いいなぁ」
生まれたばかりの赤ん坊と母親の、心温まるシーン。まれに見るホッコリ光景に、ソウヤの心は和む。
そう思っていると、ドラゴンベビーの一頭と目が合った。
――可愛い……。
ソウヤは、にっこり笑みを返した。生まれたばかりのドラゴンに、人間の表情がわかるか大いに疑問ではあるのだが。
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