第244話、赤ちゃんが生まれた
ドラゴンベビーが二頭、孵った。
最初はやはり満足に立つこともままなからなかったが、手と足を使って、何とか体を起こすことができるようになった。
成長のスピードが早い。人間の子だったら、こんなに早く自力で動けない。
野生の動物、とくに草食動物などは、生まれてすぐ自分で立つことができるようになる。いつ危険な肉食動物が襲ってくるかわからない世界に生きているから、生まれたばかりと言えど自然は厳しいのだ。
ドラゴンは、生態系のトップだろうから、赤ん坊はじっくり守られるものだと思ったが、意外と自立が早かった。
『ソウヤ』
影竜が言った。
『子供たちに肉を食べさせてくれ。……ここだと狩りができないからな』
本当なら自分で獲物を狩ってくる、なのだが、アイテムボックス内なので、影竜は狩りができない。ドラゴンベビーはお腹が空いているようだ。
ソウヤのアイテムボックスには、倒したモンスターの新鮮な肉がある。ベビーが生まれた時に備えて、多めに用意していたものがいよいよ役立つ。
「……そういや、ドラゴンって授乳しないの?」
生まれたばかりのベビーに、いきなり肉というのはどうなのだろう? 種族的に平気なのだろうか?
『肉がない時はな。あと、お前が見ている前ではやらん』
まさか人間ごときに見られるのが恥ずかしいとか、そういうことだろうか。
あるいは授乳している時が無防備だから、周囲に何か他の生物がいる時はしないのかもしれない。
草食動物だと、肉食動物に警戒して立ったままやるとか聞いたことがある。一方で、肉食動物だとどっしり座り込むらしい。
というわけで、ドラゴンベビーたちのサイズと同程度の肉をがっつりタワーにする。卵自体大きかったが、ベビーとはいえ人間の成人並の大きさがすでにあるのだ。
早速、二頭はハイハイするような速度で肉の山に近づくとガツガツと食べ出した。凄い勢いだ。ドラゴンというのは、他の生物とは別格なのだとソウヤは思った。
「それで、この子たちの名前は決めたのかい?」
『名前?』
影竜は小首をかしげた。
『いや、ドラゴンは個々に名前など付けぬ。我が影竜であるように、この子らも影竜だ』
「それって呼びづらくね? 身内のドラゴンとかが困るんじゃないか? 影竜だらけになっちまうから」
『そもそも、ドラゴンは群れない』
きっぱりと、影竜は言った。
『だから呼び方に困るということはほぼない』
「そうかなぁ」
確かに、引きこもりで個人主義な傾向にあるドラゴンだから、そんな呼び合うような集まりなどないのかもしれないが。
「少なくともオレは、いま困ってるぜ? この子たちをどう呼んだらいいのか」
『ふむ、名前をつけたところでお前に、この子らのどっちがどっちか見分けがつくか?』
「……それを言われると、まだ区別はついていないけど」
生まれたばかりでどっちも同じように見える。どちらが大きいとか、特徴的な角だとか、そういうのが、まだはっきり見えていない。
「でもあんただって、片方を呼びたい時に名前があったほうが便利だと思うぜ?」
『どちらでも構わんだろう。それほど細かなことを、どちらかに言うこともないだろう』
――わぁお、大ざっぱ! ドラゴンってのはそうなのかねぇ。
ソウヤはボリボリと頭をかく。
とはいえ、人間だったら……などとは言わない。よその家の話に首を突っ込むのは野暮というものだ。
ソウヤ自身、ドラゴン流子育てに精通しているわけではない。にも関わらず口を出すのは、それこそ傲慢である。
しかし、それでも呼び名くらいはほしい。識別のためにも。
――こっちで名前をつけるか。……ああ、でも勝手に付けたら悪いよな。
親の許可はとるべきだろう。
「でもやっぱり、名前はあったほうが便利だと思うよ。こっちもやりやすいし」
『お前は、ドラゴンに干渉するつもりなのか?』
どこか咎めるような口調になる影竜。
『安全な場所を提供してくれたのは感謝もしよう。だが、ドラゴンは馴れ合わん。過度な干渉はやめろ』
「あー……そうだな、すまん」
ソウヤは詫びた。ドラゴンの子供を初めてみて、テンションがおかしくなっていた。
「仲間の子供っていうんで、うれしくなっちまってなぁ」
『仲間……? 我は世話になっているが、お前やその周りの者たちを仲間と思ってはおらん』
影竜は、とくに怒っているわけでもなく事実を言うような調子になる。
「……オレが勝手にそう思っていただけか」
影竜は、一緒にいるが銀の翼商会に属しているわけではない。ミストは仲良くやっているから、つい普通に接してしまって忘れてしまいそうになるが。
上級のドラゴンは、人間に仲間意識など持たない。ミストという例外を除いて。
『まあ、良き隣人としていたい、と思っているがな』
影竜は、やんわりとした声になった。
『場所と食事を手配してもらっている。恩はあるし、その分の対価はきちんと払う。ただ、あまり深く関わってくれるな。それだけだ』
「ベビーにとっても、大事な時だもんな。すまん。オレのほうこそ、そこまで気が回らなかった」
『わかればよい。こちらこそ、いつもすまぬな』
影竜はねぎらうように言った。その言葉に偽りはないだろう。
これ以上、母と子供の時間を、隣人とはいえ邪魔するものでもない。
少し距離を置くのがお互いのためだ。
・ ・ ・
「ということで、影竜のベビーが無事、卵から孵りました」
ソウヤは、銀の翼商会全員に、ドラゴンベビーの件を報告した。
「ドラゴンの子供!」
ソフィアが声を上げ、リアハら他の面々も驚きの表情を浮かべた。ミストだけは「生まれたのね」とすまし顔だった。
ソウヤは頷いた。
「生まれたばかりではあるが、母子ともに健康だ。ただし、デリケートなタイミングでもあるので、面会は控えるように」
ドラゴンベビーなど滅多に見られないとはいえ、動物園ではないので、ストレスを与えるようなことはしないように。
「影竜がご機嫌斜めになるからな」
行こうと思えば、誰でも影竜のテリトリーに入ることができてしまうので、あらかじめ釘は刺しておくのだ。
しかし、そう簡単にいかないのだが、この時はまだ知るよしもなかった。
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