第239話、自分の目で確かめる王様
飛空艇保有を認められて、ひと安心するソウヤ。
しかし、嵐はここからだった。
「ソウヤ、貴様の所有する飛空艇を、見せてもらえないか?」
「飛空艇を?」
「そうだ。貴様が、どんな船を持っているのか気になるだろう」
さも当然という調子で、アルガンテは言った。
「貴様のことだから大丈夫だとは思うが、古代文明時代のものなのだろう? 許可するにしても、ノーチェックというわけにもいかん」
――それもそうか。
「じゃあ、このまま見に行きますか? アイテムボックスの中に収納してあるので、見学はできるようになっています」
「なに、アイテムボックスの中に飛空艇があるのか?」
アルガンテは目を丸くした。
「いや、貴様のアイテムボックスは色々なものが入るとは聞いていたが、まさか飛空艇のような大きなものが入るとは……。ひょっとして小さい船か?」
サイズは標準的。勇者時代に使っていたゴールデンウィング号とさほど変わらない。
「ふむ、では行こう」
アルガンテが席を立ったその時だった。扉がノックされて、誰何の確認の前に人がやってきた。
「ソウヤ様がいらしたと聞いて」
ペルラ姫だった。妹の登場に、兄であるアルガンテは顔をしかめた。
「何しにきた?」
「ご挨拶ですわ、お兄様。わたくしだってソウヤ様とお話したいのですわ」
さも当然といった様子でやってきたペルラ姫。
「これから俺とソウヤは、飛空艇を見に行くのだが?」
「まあ、飛空艇! わたくしもぜひ見たいですわ!」
そうなると思った――ソウヤは心の中で呟いた。好奇心旺盛な姫君が、興味を示さないはずがなかった。
「言ってもきかない奴だからなぁ」
アルガンテも、半ば諦めの表情を浮かべる。
「いったい誰に似たんだか」
「お兄様に似ているともっぱらですわ」
胸を張るペルラ姫だが、当然ながら兄への皮肉である。
「やれやれ……。それで、ソウヤ。アイテムボックスから飛空艇を出すなら広い場所へ行かねばならないな?」
「いえ、アイテムボックスの中に入るので、ここからすぐですよ」
船を出すと思われていたらしい。普通に考えたらそうか。
ソウヤの持っているアイテムボックスは、生き物も入ることができる。王城の外に出ることなく、飛空艇の整備場まで移動できるのである。
「いやはや、色々入るとは聞いていたが、アイテムボックスの中にこちらから入るとは……」
驚くアルガンテ。対してペルラ姫は、とてもワクワクした様子だった。
「カマル、必要ないがエスコートを頼む」
「承知しました、閣下」
ずっと控えていたカマルが頭を下げた。王族がお出かけとあれば護衛は必ずつくものだ。誰も護衛がいなかったといえば、周りから非難の声が上がるので、建前としてカマルを同行させるのである。
というわけで、ソウヤはアイテムボックスの中へ王族を招待した。
アイテムボックス内に屋敷があり、さらに奥に飛空艇用の整備場がある。
「これがアイテムボックスの中だと言うのか!?」
予想通りというべきか、アルガンテは仰天した。ペルラ姫も目を丸くする。
「世界がある……」
大げさな――そんな大層なものではないので、ソウヤは苦笑する。
まずは飛空艇とばかりに、屋敷の前を通過した時、アズマが立っていて、視線があった。
来客だ――と無言のままジェスチャーを送ると、アズマは理解したようで小さく頷いた後、屋敷へと入っていった。
銀の翼商会に所属する面々に、王族が来たのを一応、知らせておく。王族と距離をとろうとしている者たちばかりだったから、案内している間に間違っても近づいてはこないだろう。
整備場に着くと、飛空艇ゴールデンウィング二世号があって、アルガンテは「ほう」と感嘆の声を漏らした。
ペルラ姫は飛空艇を見上げて歓喜する。
「飛空艇ですわ! これがソウヤ様の飛空艇ですわね!」
「はい。名前は、ゴールデンウィング二世号にするつもりです」
「ゴールデンウィング……貴様が勇者時代に与えられた船の名を継いでいるのか」
アルガンテは顎に手を当てながら、飛空艇を見やる。
「古代文明時代の船と聞いたが、それほど突飛な形ではないな」
王国でも使用している標準的な飛空艇とよく似ている。
ソウヤは、そこでメイド服の少女がこちらを見ていることに気づく。
機械人形のフィーアである。ジンとライヤーの手伝いをしている彼女は、ここ最近は、メイド服を着ている。
「フィーア!」
「何でしょうか、ソウヤ様」
淡々と、しかし聞こえる音量の声でフィーアが返事をした。
「国王陛下と姫君が見学に来られている。爺さんとライヤーに中をお見せできるか聞いてくれ!」
「承知しました」
フィーアが船の中に消える。何せ、ただいまこの世界初の魔力式ジェットエンジンを開発中である。その製作者である二人が、国王陛下にそれを見せたくない、というのなら、ソウヤとしてもそれに従おうと思っていた。
「なんだ、中は見せてくれんのか?」
アルガンテが、特に気にした様子もなく聞いてきた。
「エンジンの取り付けをやっていて、安全とは言い難い状況なので。陛下や姫に怪我をさせるわけにもいきませんからね」
それらしい理由をでっち上げる。
「なるほど。確かに万が一があれば、周りがうるさいからな。貴様に迷惑はかけん」
アルガンテは理解を示した。しかしペルラ姫は、少々不満顔。
「えー。中も見たいですわー」
「まあまあ、後で、お菓子を用意しますから、ご勘弁を」
「お菓子! まあ、ソウヤ様の料理ですか! それは楽しみです」
途端に笑顔になるペルラ姫である。以前、大臣の屋敷で、焼肉を振る舞ったことがあるソウヤだ。その時に、姫君から料理ができる男という認識を与えてしまったのだ。
「うむ、俺も食べたい。そういえば、先日、ペルラが自慢げに言っていたが、俺もショーユタレを使った焼肉を食べたいぞ!」
アルガンテも、すっかりその気になっている。とんだやぶ蛇だったか、とソウヤは選択を間違えたかも、と苦笑いするしかなかった。
「ソウヤ様」
フィーアが戻ってきた。
「ジン様とライヤーが呼んでいます。少しお話がしたいと」
十中八九、エンジンと、それを王族に見せることについてだろう。察しがついているソウヤは了承した。
アルガンテとペルラ姫には、外で少しお待ちいただこう。
「フィーア、屋敷に行って、陛下と姫に、デザートをお持ちして。……カマル、お二人とここで待っていてくれ」
せっかく護衛に随伴している戦友に後を任せて、ソウヤは飛空艇に乗り込んだ。
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