第223話、ブルハの逆襲
ソウヤたちが内部に突入してしばし、屋上では、ジンとライヤーは魔法増幅器の解析を終えた。
それを聖女であるレーラに告げたところ、彼女は早速、呪いの解除をすると申し出た。
「呪いは途絶えたとはいえ、猶予時間を見ても、ほぼモンスター化していると思います。一刻も早く、解除しないと民がどうなるかわかりません」
「確かに」
ジンは頷いた。
九割九分かけ終わっているなら、不完全だったとしても動き出す者もいるかもしれない。むしろ中断したからこそ、暴走してしまうこともあり得る。
「では、お願いできますかな、レーラ嬢」
「はい」
「装置の制御は任せろ」
ライヤーが言った。レーラは頷いた。
「ありがとうございます、ライヤー様。では、始めます」
レーラが祈りの姿勢をとる。目を閉じ、その体に聖なるオーラが巻き起こる。ライヤーが魔法増幅器のスイッチを入れて、増幅魔力の対象を聖女へと向ける。
ちなみに元にセットされていた呪いの宝珠は、すでにどけてある。
カーシュとセイジ、ソフィア、フィーア、そして元カリュプスメンバーのアフマル、アズマが周囲を警戒する中、レーラの祈りが増幅器の力に乗ってグレースランド王国に拡散される。
「それをやられると困るのよね……」
降って湧いた声に、警戒の戦士たちは身構える。
現れたのは、妖艶なる美魔女ブルハ。
「装置の様子を見に来れば、何やら面白くないことをしているじゃない。返してもらうわよ、それを――」
ブルハが言い終わらないうちに、アフマルがダガーを手に迫っていた。あまりの素早さに、誰も反応できなかった。
右側面から瞬時に距離を詰めて迫るアフマルに、ブルハはニコリと笑った。
「せっかちさんねぇ」
ガキンと金属同士がぶつかる音がした。アフマルの早業をブルハは爪を伸ばして防いだのだ。
「あなた、ワタシの目を見たわね!」
その瞬間、アフマルの動きが止まった。アズマが叫ぶ。
「アフマル、動け! やられるぞ!」
敵の前で動きを止めるなど、自殺行為である。
そのアフマルは、振り向くとブルハに背を向けた。持っていたダガーをアズマたちに向けて。
「アフマル!?」
「ふふ、彼は、もうワタシの下僕……」
ブルハが艶やかな笑みを浮かべる。カーシュは盾と剣を構えた。
「アフマルに何をした!?」
「はーい、ここに注目ぅー」
ブルハは自身の豊満な胸元を指し示した。豊かな曲線を描くバストは、男たちの視線を集め――
「どこを見ているのよ、ボウヤたち!」
叱責が飛んだ。その瞬間、ブルハの目が妖しく瞬いた。その瞬間、身構えていた戦士たちの膝から力が抜ける。
「他愛ないわね。揃ってワタシの魔眼の虜よ」
サキュバスクィーンであるブルハは、人間を惑わす。特に男どもは彼女の魅惑の瞳に捕らわれ、命令に従う。
アフマルを従えたのもそう。カーシュやセイジ、アズマらを、自身の胸へと視線誘導したあと、怒ることで、彼らの視線を無理矢理ブルハの顔、その目へと誘導した。
ワタシの目を見て、では、用心深いものは警戒する。ゆえに反射を利用して誘惑――チャームをかけたのだ。
「さて、そこで魔法を詠唱しているのは、もしかして聖女かしら?」
目を閉じ、魔法増幅器に魔法と魔力を投じている僧侶姿の女――レーラ。見ていないからチャームももちろん無効である。
「邪魔はさせないわ。お前たち、その女を殺せ!」
ブルハに操られたカーシュやアズマ、ライヤーが動く。そこへ立ちふさがるフィーア。
「おや、お前はワタシのチャームが効かなかったかしら? 女の子にも効くはずなんだけど……」
その証拠に、ソフィアはチャームに制御下にある。
「私に状態異常魔法は効きません」
一番近くにいたライヤーを殴り飛ばすフィーア。
「私は機械ですから」
「まあ、いいわ。仲間たち総がかりならば、あなた一人――」
「……一人ではないよ」
ジンが、ブルハのほうへ歩く。レーラのもとへ向かおうとしたアズマ、セイジをすれ違いざまに素手で弾き飛ばす。
「あらあら、お爺ちゃまにも効かなかったの? ……ワタシのような小娘には興味なしかしら?」
ブルハが挑発すれば、ジンは悠然とカーシュを気絶させて、ブルハに近づく。
「あいにく、魔眼が効かない体質でね。レディを相手に年齢を問うなどという愚かな振る舞いはしないよ」
老魔術師のローブの下から、剣が飛び出す。
「これでも守備範囲は広くてね」
「残念。ワタシはお爺ちゃまは趣味じゃないの……!」
爪を伸ばし、高速で踏み込むブルハ。まばたきの間に、相手の首を切り裂く必殺の斬撃はしかし、ジンの剣に防がれる。
「老いぼれの癖に、目はいいようね!」
「驚くのはまだ早い」
ジンは剣を振るう。ブルハは爪で防ぐ。防ぐ、防ぐ、防ぐ!
「ちょ、速っ!?」
「反射神経はいいようだね、レディ?」
「いきがるなよ、ジジィ!」
ジンの背後、ブルハに操られたアフマルが瞬時に肉薄する。
するとジンは左手を回し、その反動でもう一本、剣を出すと、それでアフマルの攻撃を防いだ。
「二刀流!?」
「こんなこともできる」
目にも止まらない早業。ブルハの爪が折れ、アフマルの体が横に一回転して地面に叩きつけられた。
距離を取るブルハ。周囲を見れば、祈り続けているレーラと、それをガードしているフィーア――ソフィアはフィーアに気絶させられた――、そして老魔術師しかいなかった。
「あなたのことを舐めていたわ。あなた、ひょっとして凄腕の剣士?」
「いいや、魔術師だ」
「奇遇ねぇ、ワタシもよ!」
サンダーボルト!――ブルハの両腕から強力な電撃が放たれる。それはジンを絡め取るように直撃……しなかった。
「っ!? 防御魔法か!?」
「何故、私が剣を使っていたと思う?」
ジンは、すっと距離を詰めた。
「ゆえあって、魔法が効かないように完全遮断をしていたからだ」
実際は、呪いの魔法対策だったのだが、ジンはその言葉は敢えて飲み込んだ。
とはいえ、あまりゆっくりもしていられない。ジンの肉体では、おそらく後十秒ほどで限界が来る。
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