第222話、リッチ・カルドゥーン


 元カリュプスメンバーの個々の実力は、魔族兵に決して劣っていなかった。


 並の軍隊の兵士が苦戦する魔族に対しても、互角以上に立ち回る様は、さすが暗殺集団と言わざるを得ない。


 ソウヤ、ミスト、影竜の超攻撃型前衛の両翼を守り、敵を確実に仕留めていく。


 ガルも、そうした遊撃的な機動を得意としているが、その彼が一気に数倍増えたようなもので、ソウヤは背中の守りをまったく心配しなくてよかった。


 リアハの案内で、ソウヤたちが王座の間に向かっていると、新たな敵集団が現れた。


「よもや、敵が空から侵入してくるとはな……」


 漆黒のローブをまとった魔術師と、その護衛とおぼしき骸骨兵――スケルトンである。


「ネクロマンサーか!」


 ソウヤが睨むち、魔術師は大仰に手を広げた。


「いかにも、魔王軍、悪霊軍団の長、カルドゥーンだ!」


 老人の声だが、やたらと元気そうだとソウヤは思った。


「屋上からやってきたということは、我が呪術の刻んだ宝玉と、魔力増幅器は破壊したのかな?」

「……あんたが作ったのか?」

「フフン、だとしたら……?」


 フードで隠れたカルドゥーンの目が、怪しく光る。ソウヤは斬鉄を振った。


「決まっている。ここでぶちのめす!」


 グレースランド王国の住民を魔族に変える狂気。人々の生活を奪った罪は重い。


「できるかなぁ~! ダークネス・ブラストォッ!」


 カルドゥーンの右手から、暗黒波動が放たれる。広範囲に広がる攻撃魔法だ。闇の波動で生物を燃やし尽くす! その射線はソウヤたち全員を捉え――消えた。


「馬鹿な!」


 暗黒魔術師は驚いた。


「我が魔法が効かぬだとっ!?」


 ――……危なかった。


 ソウヤは不敵な笑みを浮かべつつ、しかし内心で安堵する。


 ジンから呪い除けのお守りをもらっていたが、何の魔法かといえば外部からの魔法を完全に遮断する防御魔法。


 つまり、敵の攻撃魔法も無効!


「魔法など利かねえよ!」


 やっちまえ、とばかりに突撃するソウヤ。


「おのれっ! かかれ、奴らを皆殺しにしろい!」


 カルドゥーンに指示にスケルトン兵が一斉に突進した。


「邪魔だ!」


 ソウヤ、ミスト、影竜は構わず直進。武器を振るうごとにスケルトン兵がバラバラになって吹き飛んでいく。


 脆くも破壊される骸骨兵。ソウヤたち前衛の打撃力の前では、壁にもならない。さながら、ワイパーで一掃される水滴のようだとソウヤは感じた。


「カルドゥーン」


 ガルの声。ソウヤたちの後ろからニェーボの巨漢が宙を飛び、そこからカタパルトで打ち出されるが如く、ガルが跳んだ。


 弾丸よろしく、カルドゥーンに迫るガル。手にしたミスリルソードが次の瞬間、カルドゥーンの喉を刺し貫く――


「……!?」


 するりと抜け、剣先から手応えを感じず、ガルは目を見開く。フードの影から、カルドゥーンの白い頭蓋骨が覗く。


「フハハッ! 惜しかったなぁ、我の首に肉はついておらんぞォ!」


 カルドゥーンが伸ばした手が、ガルの首を掴んだ。魔術師の目がギラリと光る。


「貴様の生気をもらうぞ――!」

「くっ……!」


 ガルが剣を振るった。カルドゥーンの首とフードが切られる。


「フハハハッ! 我はアンデッド! 首が体から離れようとも、死なぬぞー!」


 カルドゥーンの飛ばされた首が笑う。ガルは敵の腕を切ろうとしたが、何故か歯がたたない。


 当然だ。ガルの腕に力が入らなかったからだ。


「おっと、そう簡単に離すものかよ。……死ぬがよい!」


 彼だけではない。ここで戦っている人間たちは、カルドゥーンから放たれる狂気のような気に触れ、恐怖を感じた。


 ホーリーブレード――ソウヤは斬鉄に光の魔法を付加する。ガルの首を掴むカルドゥーンの腕に斬鉄を振り下ろす。


 バキリ、と嫌な音を立てて、カルドゥーンの骨の腕が折れた。


「ぬああにぃぃ! 腕の骨がっ――」

「たかだが一本くらい折れたくらいで抜かすなよ!」


 ソウヤは今度は魔術師の胴体に叩き込む。バキバキっと音が鳴りながらカルドゥーンの体がすっ飛び、壁にめりこんだ。


 その様子を見ていたカルドゥーンの頭が叫ぶ。


「我が体を吹き飛ばす、だとぉー! そんな馬鹿なァ。我はリッチキングぞ!」

「あー、やっぱ、リッチだったか……。光の魔法を付加して正解だったぜ」


 ソウヤは、カルドゥーンの頭の元へ歩み寄る。


 リッチ。アンデッドの王とも呼ばれる不死者。永遠の命を欲した魔術師が『人間を辞めたことで』転生する成れの果てである。


「悪いな、リッチキングさんよ。お前みたいな奴をぶちのめすの初めてじゃないんだわ」


 魔王の四天王に確か、リッチがいた。普通の武器では傷ひとつつけられないアンデッドであり、わざと傷ついたフリをして、ぬか喜びさせたところで通用しませんでしたー、と悪ふざけする性根の悪さもあった。


 光の魔法を付加すれば、リッチとてダメージを与えられる――というのが、勇者時代の経験である。


「アンデッドは殺せない。何せもう死んでいるからな。だから消えてくれ、光の中にな!」


 光をまとった斬鉄がカルドゥーンの頭を砕いた。頭蓋骨は卵の殻のように潰れ、そして次に灰となって消滅した。


 すると彼に使役されていたスケルトン兵の残りも、ボロボロとその体を崩し、灰と化していく。


「……呪いを作った根源はこれで潰したか」


 ソウヤは斬鉄を肩に担ぐ。


「やられた奴はいない……か……?」

「ソウヤ様……」


 リアハが目を丸くしている。彼女だけではない。カリュプスメンバーたちも呆然と、ソウヤに視線を向けてくる。


「何だ……?」


 あまりジロジロ見られるのも居心地が悪いが。


「あの、リッチを……倒されました?」


 恐る恐るリアハが言った。


「あの不死者の王を……。普通だったら倒せないと言われている伝説の存在ですよね……?」

「あいつ、光属性の魔法や、同じく光属性の聖剣が弱点だから倒せるぞ」


 経験を踏まえ、実際に皆の前で倒してみせたソウヤだが、一同はびっくりしていた。


「リッチを倒すなんて……普通考えつかないよな?」

「プレッシャーで動けなくなったのに……」

「すげぇ、さすが勇者様」


 カリュプスメンバーたちがどこか興奮したように口々に言う。リアハも両手を組んで祈るように目を閉じた。


「勇者様……感謝いたします」


 よせよ、照れるじゃねえか――ちょっと予想外のソウヤだった。 


「ソウヤー」


 唐突にミストが抱きついてきた。


「さすがはワタシの認めるソウヤだわ!」

「おいおい、落ち着けよ。まだ終わっちゃいないんだぜ」


 魔族から城を取り戻すのは。

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