第220話、王城奪回作戦


 霧竜となったミストは、低空を飛んだ。


 目的地は、王城グロース・ディスディナ。ソウヤは霧竜の背中に乗り、正面を中心に周囲へ警戒を飛ばす。


 迷うことなく直進するミストドラゴン。


「道はわかるのか?」

『魔法の発生源に突っ込めばいいんでしょ』


 うっすらと赤い魔力がグレースランド王国に広がっている。それは結界で抑えられているが、おかげで空へと昇る魔力の流れが見えた。


 ――目的地はあそこだ。


 ソウヤは気を引き締める。


 低空を猛スピードで飛び抜けるミスト。仮に地上を魔族が徘徊していて、こちらの姿を視認したとしても、魔力による念話でもなければ通報も間に合わないだろう。


 仮に念話で通報されても、現状、ドラゴンが飛んでいる程度しかわからないだろうが。


 ――そうでないと困る。


 こちらは数が圧倒的に少ない。魔王城に乗り込んだ時のほうが敵の数が多かっただろうが、それでも楽勝、などと考えはない。


 奇襲による一点突破。全部を相手にする必要はない。魔法の出所さえ押さえて、魔族がグレースランド王国でしようとしていることを中止させればいい。


 変な汗を、ソウヤは自覚した。


 やはり単独で敵中突破を図り、目的地に到着するというのは、字面からするととんでもないことだ。


 ドラゴンという高速の飛行体があればこそ、敵の防衛網をかいくぐっている。しかし普通なら地上を進み、敵の目をかわしたり、あるいは激しい迎撃を力尽くで突破したりと、易々とはいかなかったはずだ。

 正直、期日までに到着はほぼ不可能だったろう。ドラゴン様々。


 しかし、先ほどからピリピリした感覚が背筋を這っていた。


 相手は人間ではなく、魔族である。空を飛ぶ魔物もいるから、空からの敵に対して準備をしているかもしれない。


 いま、この瞬間も魔族の飛行型が向かってきているのではないか……?


 あるいは、強力な対空魔法を用意して、待ち構えている可能性だってある。


 少数とはいえ、人間が飛空艇を使用していることを魔族も知っている。それらが襲来した場合に備えて準備しているかもしれない。


 かも、と考えたら、色々悪い予感が浮かんで落ち着かない。このまま気づいてくれるな、と心の中で念じつつ、その時を待つ。


 森林を飛び越え、草原を滑るような低さで通過。視界の中で、徐々に目的地が大きくなっていく。


 小山に作られた王都。今のところ、魔物の迎撃はない。結界が破られない限り、見張る意味もないと高をくくっているのだろうか? それならそれで構わない。


「それいけー!」


 ソウヤが斬鉄を振り上げると、ミストはラストスパートとばかりに加速した。

 風となった霧竜は、朝日を背にグロース・ディスディナ城の上空から一気に突撃した。



  ・  ・  ・



 見張りの兵が、警戒の笛を鳴らした。


 ドラゴンが王城に接近している、と念話によって通報はされた。しかし、それが幹部の耳に入る前に、城の見張りが侵入者の警笛を使ったのだから、ソウヤたちの襲撃は、ほぼ直前まで露見しなかったと言ってよかった。


 当直の魔族兵が慌てて、侵入者に備えようとするが、ドラゴンは一直線に城の最上階――中央塔の魔法増幅器の元に到着した。


 日が出てきたので私室で休もうとしていたブルハは、警笛と直後に飛び込んできた報告に耳を疑った。


「ドラゴン!? どうして!?」

「わ、わかりません! ですが、もうすでに城に――」

「報告が遅い!」


 何故、ドラゴンが王城を襲うのか。ただの気まぐれか、迷い込んだのか。


 自分たちは生き物の頂点だと驕り高ぶる種族のやることは、正直理解に苦しむ。何の前触れもなく突然やってきて、面倒を引き起こすのは迷惑この上ない。


 ――結界は破られていないはず……。いったい何故いまになって現れた?


 ブルハはすでに、中央塔最上階へと小走りになっている。国中に魔法を放射しているため、屋上に設置されている増幅器。何も知らないドラゴンが、その目立つ装置を見て攻撃してきたら目も当てられない。


 しかし――ブルハは歯がみする。


 いったい、何ドラゴンが現れたというのか。


 下級のドラゴン程度ならば対応できるが、もし上級の、名前ありのドラゴンだった場合、生半可な戦力では対抗できない。


 襲撃と報告が急すぎて、正体もわからない。それがブルハを苛立たせる。


 それでも――


「ここで、やらせるわけにはいかないのよ!」


 敬愛するドゥラークの命令で、グレースランド王国に来ている以上、失態を演じるわけにはいかないのだ。



  ・  ・  ・



 グロース・ディスディナ城の中央塔屋上に、何やら大型の魔道具、いや装置が設置されていた。


 稼働しているらしく、淡い赤色の魔力が空へと伸び、そこから国中に呪いが拡散されているようだった。


 お守りの効果はあるな――ソウヤは懐に忍ばせている魔法防御の魔法カードにそっと触れた。


『行くわよ、ソウヤ!』


 屋上へとダイブする霧竜。あと少し、というところで、ミストが竜形態を解き、漆黒の戦乙女の姿に。


 ほとんどジャンプする格好でソウヤは空中を落下。そして屋上に滑るように着地した。靴の裏が一瞬焦げたかと思うくらいにハードに滑って、何とか静止。ミストは先に乗り込んで、魔族兵――リザードマンやウェアウルフと戦っていた。


 ソウヤの着地ぎわを狙わせないためだろう。その間に、アイテムボックスから仲間たちを召喚。


 カーシュ、ガル、セイジをまず出して、次にライヤー、フィーア。そしてオダシューら元カリュプスメンバー、最後にジン、ソフィア、リアハ、レーラ。


 カーシュはアイテムボックスの展開口近くに盾を構えて配置についた。ガルはミストの側面に展開。セイジはカーシュのそばに控えて、周囲を警戒。ライヤー、フィーアは射撃武器を使って、駆けつけつつある敵兵を牽制。カリュプスメンバーは左右に散って、ガル同様、前衛戦闘を開始した。


 魔法が使えないジン、ソフィア、レーラは最後で、リアハが後衛魔術師組の護衛として、カーシュの隣に立った。


「まずは屋上を制圧だ!」


 ソウヤが声を張り上げて指示を飛ばす。苦戦しているところがあれば、助けにいくつもりだが、ひとまず屋上は押さえられそうか。


 王城奪回作戦の幕が切って落とされた。

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