第219話、やがて日は昇る


 グレースランド王国王都ディスディナは、小山に築かれた町である。山に沿ってらせん状に道路が走り、建物が立ち並ぶ。


 そして中心には、王城であるグロース・ディスディナ城が、これまた高層ビルのように高くそびえている。


 平地近くの王都の門から、王城へと向かおうものなら、かなりの距離を歩かされることになる。またずっと傾斜を上り下りするので、住民たちの足腰は自然と鍛えられた。


 そんなグレースランド王国王都だが、今や魔族の占領下にあった。


 グロース・ディスディナ城では、魔法増幅器なる大型魔道具の力で、国中に結界と、魔獣化魔法を拡散していた。


「何とも退屈なものね」


 魔王軍残党の魔術師、ブルハはその妖艶な容姿を玉座に預けていた。


 息を呑む美女である。紫の長い髪、魅力的な曲線を描く体つきは、世の男を惹きつけてやまない。それもそのはず、彼女は誘惑の夢魔サキュバスのクィーンだった。


「人間どもは、いまだ結界に手も足も出ない……」

「油断は禁物ぞ、ブルハよ」

「カルドゥーン」


 聞こえたしわがれ声に、ブルハは気怠げに返した。


 骸骨が魔術師の格好をしているような老人――カルドゥーンは、魔王軍残党の幹部である。同軍の中では、ブルハと同格の四天王ポジションである。


「この国の騎士姫を国外へ取り逃がしておる。時期的にみて、早ければエンネア王国あたりが動いておるだろう」

「はん、エンネア王国の連中が何だというのかしら」


 玉座に行儀悪く横に座り、伸びをする。彼女の豊かなバストが天に向く。


「こんな早く部隊を送ってこれるものですか」

「飛空艇があるぞ」

「結界を破ることができずに立ち往生でしょうよ」


 ブルハは笑った。


「仮に数隻を集めたところで、その程度で、どうにかできて? この王都に配した兵を制圧できるものですか」

「勇者ソウヤが復活した、という噂もある」


 カルドゥーンの言葉に、ブルハは扇子を取り出して、口元を隠す。


「あら、不死者の王ともあろうあなたが、人間ごときを恐れるのかしら?」


 リッチキング――カルドゥーンはしかし平然と告げた。


「人間は魔王様を倒した。その事実は揺るがぬ」

「……」


 サキュバスクィーン、リッチキング――それぞれ王の立場にある二人。しかしさらに上位の存在として君臨した魔王は、勇者によって倒された。


「前の魔王のことはいいわ……」


 ブルハは天井に向けて手を伸ばす。ここにはない何かを掴もうとしているように。


「ワタシは、ドゥラーク様が新たな魔王となればいいと思っている……」

「……その魔王の息子は、亡き父殿を蘇えらせようとしているのだがな」


 皮肉げに、カルドゥーンは肩をすくめた。


「我に言えば、蘇らせることもできたというのにな」

「それはダメよ、カルドゥーン」


 ブルハは、冷気さえ感じさせる冷めた表情で、不死者の王を見つめた。


「アンタが蘇らせた『死体』は、アンタの言いなりでしょうが。魔王軍を自分のモノにするつもりかしら?」

「魔王の位に興味はない」


 頭蓋骨の空洞の目には、当然ながら感情など読み取れない。


「好き勝手させてもらえる今の立場が、我には心地よい」

「悪趣味よね、アンタ」

「人を意のままに操り、貪る女に言われたくないな」

「アンタからは、何も絞りとれないわね。もっと肉をつけたほうがいいわよ?」

「生憎と、我は女は処女しか信用しない」


 きっぱりとカルドゥーンは言った。


「かく言う我は童貞でな」


 立ち去るカルドゥーンに、ブルハは言葉を投げつける。


「本当に、まともな体を作りなさいな。ワタシが優しくしてあげるから」


 払うように手を振って、リッチキングは去る。


 ブルハは再び、天井を見上げた。


「間もなく、グレースランドの魔獣化も終わる……」


 人間同士を争わせることで、魔王軍残党の戦力を温存しつつ、人間勢力の力を弱らせる。それはわかる。わかるのだが――


「ドゥラーク様は、お父上を蘇らせる気があるのかしら……?」


 たとえば、魔王を蘇らせるのに、圧倒的多数の魂が必要だとされている。あの世から、この世に、偉大なる魂を呼び寄せるには、それだけの対価がいるのだ。


「このグレースランドの人間を贄とすれば、それで蘇らせることができたのではないの……?」


 順序が逆ではないか、と思わなくもない。まず魔王を復活させ、そこから人間どもを滅ぼす――


「蘇らせられない理由でもあるというの……?」


 まさか、とも思う。


「ドゥラーク様にはドゥラーク様の考えがある」


 そう呟いたところで、ブルハは玉座に座り直した。妖艶な美女は、しかし引き締まった冷静な顔を覗かせる。


「まあ、ドゥラーク様のしたいようにすればいいわ。……ワタシは、ただそれに従うだけ」


 間もなく夜が明ける。



  ・  ・  ・



 グレースランド王国国境。


 ソウヤとミスト、リアハの三人は、結界の前にいた。


 地平線から昇る太陽。うっすらと虹色に輝く透明な壁のような結界は、侵入者を阻み、また中から外へ出ることもできない。


 街道から、かなり離れた場所に三人はいる。魔族の見張りを警戒してのことだ。


「敵は、ワタシの識別範囲にはいないわね」


 ミストが太鼓判を押した。では、この結界を破ろう。


「リアハ」

「はい!」


 騎士姫は、魔断剣『ソラス・ナ・ガリー』を抜いた。


 白銀の鎧をまとう女騎士。お姫様と知らなければ、誰もが彼女を騎士と疑わないだろう。ファッションではなく、本物の戦う騎士だ。


 すっと、呼吸。リアハは剣を振った。結界に切れ込みが入る。すると素早く魔断剣が、人が入れるくらいの穴を作った。


 惚れ惚れするくらいの手際のよさ。


「大したもんだ」

「お褒めに与り、恐縮です、ソウヤ様」


 リアハは笑みを浮かべ、剣を鞘に戻した。


「では、お願いします」

「じゃ、また後で」


 ソウヤはアイテムボックスにリアハを収納。ミストに頷く。


「行くぞ! 王城へ!」

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