第210話、ハードランディング


 待つ、というのはしんどいものだ、とソウヤは思う。


 アースドラゴンの島に向かってミストが飛び去ってから、はや一時間が経過した。


 魔王討伐の旅でも、仲間を信じて待つことはあった。そして毎回思うのは、自分が行けば、こんなヤキモキした気持ちにさせられずに済むのに、という思い。


 もし、このまま帰ってこなかったらどうしよう?


 脳裏をよぎる不安。ミストはドラゴンであり、大抵のモンスターなど返り討ちにしてしまえる。


 だが石化はどうだ? 上級ドラゴンである影竜も、集中されると危ないと警告していた。絶対安全という保証はどこにもない。


 たとえ、バジリスクの視線を避けてアースドラゴンに会えたとしても、何か古竜の心証を損ねてしまう事態になっていたりしないか。


 ソウヤはゴールデンウィング二世号の船首と甲板のゴーレム『アイアン1』を行ったり来たりしている。


 ――まだか。まだ連絡はないのか……?


 静かに甲板に立っている影竜は、何の反応もしめさない。ミストが直接戻るか、あるいはドラゴン間で念話を飛ばすことで連絡をとることになっている。


 落ち着かない。便りがないのは無事な証拠? いや石にされてしまったら連絡も寄越せないのではないか?


「落ち着け」


 影竜が見かねて言った。人型、美女姿である。


「もし、彼女がやられるようなことがあっても、瞬殺されることはない。何かしらメッセージを飛ばす余裕はあるだろう。何もないのはよい証拠だ」

「……」


 こちらの心の中を読まれたのだろうか。ソウヤは無言で首を振った。


 他の面々は、それぞれ作業をしたり、話し合ったりで時間を潰している。リアハは船首でひたすら祈っているようだった。


「お……!」


 影竜が声を上げ、ソウヤはとっさに振り向いた。ミストからの念話か。


「――ふむ、ミストからだ。アースドラゴンを口説き落とすことに成功したそうだ。ソウヤ、ミスリルを持って行くがよい。古竜様がお待ちだ」

「よしきた! ……って、何を言ってるんだ、影竜」


 ソウヤは、アイアン1のバックパック内に乗り込みながら、影竜を睨んだ。


「島まで運ぶのはあんただぞ」

「え? 我が運ぶのか?」


 途端に嫌そうな顔になる影竜。ソウヤは言った。


「いや、ゴールデンウィング二世は動けないし、爺さんの浮遊ボードにはこのアイアン1も載せられない。ミストは島にいる。そうなると……」

「……我しかいない、か」


 ふう、と影竜はため息をつく。


「ここまで来るのを手伝ってるから、これ以上手伝うこともない、と思うが、ソウヤには卵の安全確保のためにもトラブらても困るからな。……島の近くまでだぞ。我も石化したくはないからな」

「それで充分だ。すまないな」

「勘違いするな。生まれてくる我が子のためだ」


 そう言うと、ゴールデンウィング二世の端に上がり、そこから飛び降りると同時に、ドラゴンの姿に変身した。


 ソウヤは左舷側の影竜から、右舷側のジンと浮遊ボートを見た。


「じゃあ、爺さん。行ってくる!」

「とりあえず、島のモンスターたちの注目はこちらに集める」


 ジンが声を張り上げた。


「バジリスクの視線は、かなり減るはずだ。だが、油断はするな」

「わかってる。……幸運を! また会おう」

「勇者に神の加護あれ」


 老魔術師が合図すると、ソフィアとセイジが、浮遊ボートを固定していたロープを解く。浮遊ボートの魔力エンジンが独特の唸り声を上げ、魔力式ジェットの噴射口に炎が灯る。


 ソウヤも、アイアン1の背中の足置きとグリップを掴む。


「ようし、行くぞ! アイアン・ワン!」


 ゴーレムが歩き出す。なお、ソウヤの周りは箱形のカバーのせいで視界はよろしくない。唯一前方に、外の様子を確認するための潜望鏡のような形のスコープが取り付けられている。いわゆる鏡を用いた光学装置で、バジリスクと直接目が合わないようにするための仕掛けだ。


 なおこれに利用されている鏡は、魔法を無効化するという鏡の盾とかいう魔道具をバラしたものらしい。ジンがルガードークの魔法鍛冶師から手に入れたと言っていた。


 ――これも成功率を上げるために、魔道具を探したんだろうな……。


 細かな細工を考え、実行していく老魔術師の手腕には、ソウヤも感心と共に感謝しかなかった。


 ――だからこそ、死んでくれるなよ!


 浮遊ボートが、轟々たるエンジン音と共に、ゴールデンウィング二世号から発進した。遮蔽物の中にいても聞こえるほどの騒音だ。島のモンスターたちも、さぞあの音の正体に注目するだろう。


『では、ソウヤ、行くぞ』


 影竜の声。次の瞬間、アイアン1がドラゴンの腕に掴まれ、宙に浮いた。


 ソウヤがスコープを回すと、ゴールデンウィング二世号から離れ、あっという間にその船体が小さくなっていく。


 ドラゴンの飛翔速度は、凄まじい。


 アイアン1のバックパックに収まっているソウヤ。格好だけならロボットを操縦するパイロットみたいだが、単にしがみついているだけ、というのが何とも言えない。いつか、アイアン1を、ロボットアニメみたく自分で動かしたいと思った。


「しかし、これ大丈夫なのかね……」


 右手でスコープを動かして――左手はホールド用グリップを掴んでいる――周囲を眺めるソウヤだが、高度が下がっている。


「低空で侵入しようってことなんだろうけど」


 ミストも島にはそうやって接近すると言っていた。だが影竜は、アイアン1という重量物を抱えている。飛空艇に積むような飛行石がないから、重量がダイレクトにかかっているはずだ。


 アイアン1の重みで高度が下がっているとしたら、島に到着する前に海面に激突してしまうのではないか……?


「いや、上級のドラゴンだぞ。そのパワーは相当なもんだ」


 大丈夫、アイアン1くらい軽々と持ち上げられるはず、と思うことで精神の安定を図る。なんだかゴーレムの足が海面をこすりそうなくらい低高度を飛んでいるのだが……。


 正面に島が見える。鬱蒼と生い茂るジャングルじみた森。その手前にうっすら黄金色の線が見える。


 ――海岸線……砂浜か!


『ソウヤ、浜辺で降ろすぞ』


 影竜の声がした。狭いスコープの視界でも、海岸線がグングン近づくのがわかる。数百……数十メートル――


 あと数秒で到着、というところで、影竜が速度を緩めた。もう砂浜は目と鼻の先――


『行け!』

「……へ?」


 ふわり、と浮遊感が変わった。そして次の瞬間、アイアン1は砂浜に押し寄せる波に突っ込み、派手な水しぶきを上げた。


 視界が横転して、そのまま一回転した。とっさに両手でホールドしなかったらバックパック内で転げ回っただろう。


 ――ちくしょう、放り投げやがったな!


 衝撃と不意打ちの回転に、心臓が激しく鼓動を繰り返す。しかし水深わずかなところまで到着したらしくゴーレムは、回転の反動を利用して立ち上がった。


 端から見れば、受け身をとりながら素早く立ち上がるという映画のスタントさながらだったのだが、中のソウヤにはわからない。


「タッチダウン……ってか!」


 アースドラゴンの島、上陸!

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