第209話、いざ大地竜の島へ


 世界の果てまで、ただいま飛行中。


 アースドラゴンの島へ。大海の果ての孤島を目指すは二頭のドラゴンと飛空艇――ゴールデンウィング二世号。


 ミストこと霧竜と影竜はロープで飛空艇を牽引している。……今回、とうとうミストは全員に自らの正体を明かした。

 驚かれはしたが、案外あっさりと受け入れられた。薄々、感づいていたのかもしれない。


 さて、いくらドラゴンといえど、飛空艇の巨体を曳くのは大変そうではあるが、実際のところ飛空艇は搭載した飛行石の効果で浮遊していて、重量の問題はクリアしていた。


 ないのはメインのエンジンであり、補助エンジンについては、そのうちの一基がつい先ほど完成した。


 ただ推進力については、二頭のドラゴンに引っ張ってもらうことで確保されているのが現状で、飛空艇自体は浮いているだけである。


「本当なら、エンジンもちゃんと完成させてから飛ばしたかったぜ……」


 ライヤーが、何とか修理し終わった補助エンジンから離れ、一息つく。機械人形のフィーアが無表情で告げた。


「補助エンジンは、あと三つありますが?」

「少しは休ませろってんだよ」


 割と睡眠時間を削って、頑張っているライヤーである。飛空艇の修理は、いずれ来る大冒険を思えば苦もなく、むしろ楽しい。


 が、休みは入れろと、ソウヤからきつく言われている。


 没頭し過ぎて、完成した途端、限界を超えてご臨終なんてこともあるらしい。ライヤーとしても、飛空艇を操って冒険したいという夢がある。エンジン完成で死亡は、さすがに勘弁したい。


 甲板に出ると、風を感じた。肌寒さを感じるのはさすが空の上だとライヤーは思った。船首にはソウヤと、例のリアハ姫が並んで何がしら話し込んでいる。


 たぶん、今後の打ち合わせだろう。ライヤーは、右舷側に固定されている小型ボートのほうへ向かった。


 そこにはソフィアとセイジがいて、ボートに乗り込んでいる老魔術師を見守っていた。


「ジイさんよ、エンジンはどうだい?」


 ライヤーが声をかけると、ジンはエンジンをいじる手を止めて振り返った。


「正直、動かしてみないと何ともな。燃料である魔力をどれだけ消費するのか。そして部品が稼働にどこまで耐えられるか……気がかりだらけだ」

「……それ聞くと、テストが足りてねぇと思うし、直接乗る気にはなれねえんだが」

「それがまともな人間の思考だよ」


 にっこりとジンは笑った。


「その説で言うなら、ジイさんは、まともじゃないってことになるが?」

「魔術師なんて、まともな頭はしていないさ」

「おれは、魔力式ジェットは、いずれどの飛空艇でも積むようになる最強のエンジンになると思ってる」


 ライヤーは言った。


「確証はないが、おれの勘がそう言ってる」

「その勘は正しい」


 ジンはエンジンに向き直った。


「まだ問題点はあるし、テストも足りない代物だが、将来的にこのジェットエンジンは飛行する乗り物のスタンダードになるだろう」

「へへ、あんたは本当、いい奴だな」


 ライヤーは笑った。


「魔術師ってのは我が強くて、鼻持ちならねえ連中だと思ってるが……あんたは別だ」

「それは光栄だ」

「おれとしても、あんたにゃ死んでほしくねえ」


 ぼりぼりと頭をかくライヤー。


「魔力式ジェットを、このゴールデンウィング二世に載せるためにも、こんなところで終わってもらっちゃ困る……」


 飛空艇の補助エンジンは従来通りのレシプロに似たプロペラ推進。だが、いまは手つかずのメインエンジンは、魔力式ジェットにしようと思っているライヤーである。


「終わらせないさ」


 ジンは静かに告げた。


「エンジンは壊れるかもしれないが、人が残れば、また新しいエンジンを作れる」

「幸運を」

「ありがとう」


 老魔術師は頷いた。



  ・  ・  ・



 世界の果てにあるというアースドラゴンの島が見える位置に、ゴールデンウィング二世号は到着した。


 海に浮かぶ島は、ケシ粒程度の大きさにしか見えない。だが逆に言えば、これだけ離れていれば、魔獣の石化の視線などもほぼ届かない安全地帯だと言える。


 飛行石の力で浮遊している飛空艇は、その位置で固定。影竜が人型になって、甲板に降りる。


 一方のミストは――


『じゃあ、ちょっとアースドラゴンに話をつけてくるわ』


 聖女レーラの石化の呪いを解くため、その鍵を握るアースドラゴンに事情を説明する使者として、ミストが先行するのだ。


 船首甲板のリアハが胸の前で手を組んだ。


「どうか、よろしくお願いいたします、ミストドラゴン様」


 交渉の結果次第で、聖女の未来も、グレースランド王国の運命も大きく左右される。絶対に失敗できない。


 影竜が、白き霧竜を見上げた。


「ミストよ、くれぐれも楽しようと空から一直線に行くなよ。バジリスクの視線は、我らドラゴンと言えど危険だ。同時に複数の石化視線を浴びて、墜落する下級ドラゴンみたいなことにはなるなよ」


 島には無数の魔獣がいて、バジリスクも一匹や二匹ではない。遮蔽のない空など、ひとたび注目されれば、視線の集中砲火である。そうなってはドラゴンと言えど石化に完全耐性のあるドラゴンでもなければ、墜落待ったなしだ。


『島の手前で降りて、後は霧になって動くわよ』

「ミスト!」


 ソウヤは声を張り上げた。


「頼むぞ!」

『任せなさい。――じゃ、先に行ってるわ』


 グンとひとかき、霧竜は風のように島へとかっ飛んでいった。


 ――速ぇな、ほんと。


 もう点になってしまった。ソウヤは、ミストの無事を祈りつつ、船首から中央甲板へ降りる。


 そこには鉄と石でできた改造ゴーレム『アイアン1』が、片ひざ立ちの姿勢で待機している。


 背中のバックパックは開いていて、中に人間ひとりを収容できる。これで操縦桿とかペダルとかがあったら、ロボットアニメの世界だ、とソウヤは思う。


 男の子としては憧れるが、今はただ乗っかるだけで我慢である。


 ――さあて、ミスト。うまく古竜と話をつけてくれよ……。

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