第208話、成功率を上げるアイテム


 一度は見合わせて延期していたアースドラゴンの島へ向かう計画。魔王軍の残党によるグレースランド王国への攻撃は、それを早める結果となった。


「まだ完全に準備が整っているわけではないが――」


 ジンは告げた。


「だが多少の成功率は上げられたと思う」


 老魔術師は、すでに皆の注目を集めているゴーレムを指し示した。


「少々メカっぽく見えているが鉄と石でできたゴーレムだ。先のバッサンの町近郊の遺跡から回収したものを改造したものだ」

「凄いっ、これがゴーレム!?」


 ソフィアが何故か目を輝かせている。この手のものは、普通は男の子のほうが喜びそうなものだが、セイジもガーシュも感心はしているようだが、ソフィアほどではない。


「……見た目は別物だぜ」


 ソウヤは、メタリックな外装を持つ改造ゴーレムを見上げる。


 高さは三メートル弱か。手足がマッシブな印象で、胴体から背部に背負っているようなバックパックがかなり大きく見えた。


 ロボットものにありがちな、ブースターとかはついていないようだが……。


「こいつが、アースドラゴンの島でどう役に立つんだい?」


 影竜の話では、その島にいる魔獣は基本的に手を出してはいけない、と聞いている。コカトリスやバジリスクにペット意識を持っているアースドラゴンの機嫌を損ねるかもしれないからだそうだ。


「バジリスクの石化の視線対策だよ」


 ジンは、ゴーレムに歩み寄ると、その背中のバックパックを叩いた。


「ここに君が入るんだ。周りを覆っているカバーが、君を石化の視線から守ってくれる」

「……ひょっとしてそのバックパックの中は、コクピットなのか!?」


 小型の戦闘ロボットで、背部から乗り込むのをアニメを見たことがあるソウヤである。ロボットの操縦……期待するのだが、ジンは首を横に振った。


「残念ながら、こいつはゴーレムだから、乗り込んでも操縦はできないよ」

「……」


 なんだ――少々ガッカリするソウヤである。


「つまり、こいつに『おんぶ』されるだけか」


 あまりかっこよくないな、とため息がこぼれた。


 せめてもの救いは、バックパックが外からの視線をカットするので、パッと見では、ただ乗っているだけとわからないことか。


「先にも言ったが、このゴーレムは複雑な命令は受け付けないが、簡単な指示には従う。そういう意味では操縦していると言っていいかもしれない」

「要は『走れ』とか『止まれ』とか、そういう指示でしょうが。アレだろ、『行け! ゴーレム!』みたいなやつ」

「そういうことだ」

「……」


 モンスターを使ってバトルとかする子供向けのアニメのような感じだろう。


「ソウヤ、大局を見失ってはいけない。今回の君の仕事は、無傷でアースドラゴンのもとにたどり着くことで、島の魔獣と戦うことではないだろう」

「確かに。些細な問題だな……」


 腕を組んで、ソウヤはゴーレムを見上げる。しかし――


「こいつ、足速いの?」


 見た目はガッチリしている。しかしベースになったゴーレムに比べると、割とスマートに見えなくもない。正直想像がつきにくい。


「ゴーレムといえば、足が遅い印象ですが」


 カーシュが率直な意見を口にすれば、リアハも頷いた。


「盾や鎧として見るなら、攻撃にもある程度耐えられそうですが、ゴーレムの足の遅さでは、魔獣に捉まったら逃げ切れないのでは……?」

「心配はごもっとも」


 しかしジンは、微塵も不安のない調子で答えた。


「元のゴーレムに比べて、運動性はかなり強化した。人間が走るより速いし、ジャンプできるから多少の高低差も無視できるよ」

「ジャンプできるのですか、ジン師匠!?」


 ソフィアが素っ頓狂な声を上げた。


「このゴーレムが、段差も超えられるなんて!」


 ――さっきから何なのこの娘……。


 はしゃぎようが周囲と違う。ソフィアの言い分に「あー」と周囲も納得し出した。


「ゴーレムって跳ばないですよね、普通」

「歩くのは遅いな、普通のゴーレムは」

「人間より速いというだけで、かなり凄いですね」


 セイジ、カーシュ、リアハとそれぞれが改造ゴーレムを持ち上げ出した。


 ――いやまあ、確かにそうなんだけど……。


 ソウヤは自分の感想だけ他の者たちと違うのがわかったが、自重した。空気を壊すのも大人げないのだ。


「とりあえず、ゴーレムは石化対策の島突破に役に立つのはわかった。……次は」


 ソウヤは視線を浮遊ボートに向けた。後ろに明らかにごついエンジンが搭載されている。


「……できたのか、魔力式ジェットが?」

「一応、形だけはね」


 ジンは苦笑した。


「だが残念ながら、まだこいつ単独では無理だ。私がついて、補助してやらないとおそらく満足に飛べない」

「大丈夫なのかそれ?」


 要は未完成ではないか。


「大丈夫じゃないから私がつくんだ」


 ジンは浮遊ボートに積んだエンジンに触れた。


「君も言ったろう? 今が、多少の無茶が必要な時だと」

「それはそうなんだが……」


 ソウヤは嫌な予感がする。未完成のエンジン。そもそも、これを試作していたドワーフの機関士は試験中の事故で死亡している。


「爺さん、爆発とかは勘弁なんだが……」

「ああ、そういう場合もあるから、私がそうさせないように面倒を見ないといけない」

「……」


 ソウヤは押し黙る。自分が命を張るのは構わないが、仲間に命を賭けさせるのはよく思っていない。


 自分の発案で、仲間が死ぬ可能性が高いというのは、できれば避けたい。


「ジン師匠、危険過ぎませんか?」


 ソフィアが発言した。しかし老魔術師は涼しい顔だ。


「まあ、私以外なら、正直乗るのをおすすめはしないがね。少なくとも、私が制御している間は問題ないよ」


 いやに自信満々である。爆発するかもしれないエンジンの隣に立って平然としていられるその胆力は、ある意味どうかしている。……尊敬に値する。


「信じていいんだな? 爺さん」

「心配してくれるのかね?」

「当たり前だろ」

「ならば、私もこう答えるしかないな。私は大丈夫だ。たとえエンジンが爆発しようとも、私は無傷で帰ってこれると断言しておこう」

「……どこからそんな自信が出てくるんだよ」


 苦笑するソウヤ。魔術師というのは傲慢な人間であるという。自分は大丈夫、なんて言葉は死亡フラグだが、この老魔術師が言うと違って聞こえるのは何故か?


「老い先短いから早死にしてもいいなんて思ってないよな?」

「まさか。私はまだまだ色々世界を見たいのだ」


 老魔術師は微笑した。……どこか寂しげな、自嘲するような笑みだった。

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