第203話、視線のかわし方


 ミスリルタートルのミスリルなら、新鮮なものがアイテムボックス内に保存されている。


 市場に一挙に放出すると、値崩れを起こしそうなレベルだからと、少しずつ出すつもりでいたものだが……。


「温存していたのが、ここにきて大正解だったな!」


 ソウヤは笑みを浮かべる。


 おかげで、ドラゴンの腹を満たすに充分なミスリルが手元にある。――希望が出てきたぞ!


「あとは、アースドラゴンとの交渉次第か? どう思う、ミスト」

「そうねえ、アースドラゴンのご機嫌次第じゃないかしら?」


 ミストは首を傾けた。先ほどから、影竜もだが、四大竜の機嫌という単語を何度か口にしている。それだけ気難しいということかもしれない。


 カーシュが口を開いた。


「アースドラゴンの島には、コカトリスやバジリスクなどが生息していると聞きましたが、ミストさんは石化に耐性は?」

「ある程度は。……少なくとも、一目見られた程度では石にならないはず」


 そう言うミストだが、少し悩んでみせる。


「かく言うワタシも、自分がどこまで石化に耐えられるか試したことがないからね」

「体の一部が石になる程度なら、ドラゴンの再生力で回復はできるだろう」


 影竜は言った。ミストは手をヒラヒラさせる。


「せいぜい、霧に紛れて近づくわ。それなら石化の影響も少ないでしょうよ」


 ミストは、そこでソウヤを見つめた。


「問題があるとすれば、ワタシの交渉の後、あなたがアースドラゴンの元へ行くまでかしら。……あなたは空も飛べないし、霧にもなれないからね」

「気が早くないか? まずは交渉だろ?」

「あら、ワタシが交渉に失敗すると思ってるの?」


 挑むようにミストが笑む。


「成功したら、どのみち来なければいけないのだから、考えておいたほうがいいと思うわよ? コカトリスやバジリスクのかわし方は」


 確かに、石化した聖女だけでなく、アースドラゴンに献上する大量のミスリルも、アイテムボックスでないととても運べない。そうなると、どうあってもソウヤは行かねばならないのだ。


「何か回避のコツはある?」


 ソウヤは影竜に聞いてみる。


「アースドラゴンの真上まで飛んで、そこから急降下したらどうだ?」

「オレはドラゴンじゃねえんだ。そんなことできんよ……」

「なら、我が島の魔獣の視野の外を飛んで、真上まで連れていってやるから、そこから飛び降りろ」

「そんな高さから飛び降りたら死ぬだろ」


 新手の自殺か。顔を歪めるソウヤに、影竜は肩をすくめる。


「注文の多いことだ。人間とは不便なものだな」

「魔道具とか……」


 カーシュが考える素振りをみせる。


「何か石化を防ぐ魔道具があれば、よいのでは?」

「オレは持っていないぞ」

「だから、調達するんだよ。どこか当てはないかい、ソウヤ?」

「……」


 ――魔道具か。


 ドワーフのロッシュヴァーグ、あるいは王都の魔法学校とかだろうか。あまり自信がなかった。


「爺さんに相談しよう。もしかしたら、何か魔道具を持っているかもしれない」



  ・  ・  ・



「石化対策の魔道具か……私は持っていないな」


 ジンが言えば、飛空艇用の魔力ジェットエンジンについて図を眺めていたライヤーが口を開いた。


「アースドラゴンの島かぁ……おっかねえな」

「しかし、要するに石化しなければよいのだろう?」


 老魔術師は目を細める。


「コカトリスは、ブレスから逃げればいい。厄介なのはバジリスクの視線だが、これは直接見つめられなければ効果はないはずだ」

「つまり、盾でも構えて遮るってか?」


 ライヤーの言葉に、ソウヤはふと思う。


 ――ギリシャ神話になかったっけ。メドゥーサの目を見ると石化するから、鏡を使って直接見ずに戦ったってやつ。


「鏡の盾で石化の視線を跳ね返すってか?」

「それもひとつの手ではあるが……」

「なあなあ、いっそ浮遊バイクを壁で覆うってのはどうよ? その中に入ってりゃ、バジリスクの視線も回避できんじゃね?」


 思いついたとばかりに、ライヤーが声を弾ませた。


 ハリボテの車よろしく周囲を囲む――想像してみて、ソウヤは首を横に振った。


「それだと視界はどうなるんだ? 前も囲ったら見えないだろ」

「覗き穴でも開けとけば、いいだろ」

「お前ね……そんな小さな穴からの視界で、舗装もされてない場所を運転なんて、すっ転ぶに決まってるだろう!」

「確かに怖いが、そこはゆっくり走ればできなくはないのでは?」


 ジンがライヤーに助け船を出した。


「おいおい、爺さん。マジでバイクを壁とかで覆うって?」

「それもひとつの手ではある、というだけだ。ただ、そんなことをしなくても、視界を歪めてしまえば、石化の視線は避けられる」


 老魔術師の姿が、すっと消えていく。ライヤーがビックリする。


「ジイさん!?」

「透明化の魔法のひとつだ。これは光の屈折を利用して、消えているように見えるが、君たちの視界に見えないだけで、私はその場にいる」

「……光学迷彩みたいなものか?」


 ソウヤは元の世界のそれを思い出しながら言う。ジンは、再び姿を現した。


「光学迷彩と一言に言ってもやり方や効果については色々あるから、安易に頷けないがね。とにかく、この視線を逸らす方法は、石化の視線も逸らせるだろう」

「名案だ。ともあれ、これならオレもアースドラゴンの島に上陸できそうだ」


 石化した聖女や報酬予定のミスリルを持って行かねばならないソウヤである。石化を回避できる方法があれば、より成功率は増す。


「ただ……」

「ただ、何だよ爺さん」


 何やら考え深げなジン。


「正直、視界を回避できたとしても、まだ心配ではあるんだ。ソウヤがアースドラゴンに会いにいく途中で、思いがけず視線を向けられて石化……というのが怖い」


 可能性はゼロではない、と老魔術師は不安を露わにした。


「そこで島の野生生物の視覚、聴覚を混乱させる囮が必要だと私は思うのだ」

「囮?」


 ソウヤとライヤーは顔を見合わせる。


「見えないことは警戒を呼ぶ。だが派手に動いて注意を引くことができれば、その間意識はそちらに流れて、隙ができる。より安全に行くのであれば、私はそうするべきだと思うね」


 ジンはそう強調した。

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