第190話、闇に潜むモノ


 覗いてみる、とミストは告げた。


 それは、上級ドラゴン特有の魔法の目、千里眼じみた力だろうか。ソウヤが首を捻る一方、ミストは静かに意識を集中している。


「……ダンジョンの中……暗闇……」


 全員が、黒髪の美少女に注目している。目を閉じ、何らかの魔法を使っているように見える。


 セイジやライヤーは、何が起きているのか理解できず困惑していた。ソフィアやジンは、じっとミストの言葉に耳を傾け、カーシュもまた注視している。


「何か、いる……でも、姿が見えない」


 ――姿が見えない?


 透明人間的な、という意味だろうか。ソウヤは、じっとミストの報告を待つ。こちらからは彼女が見ているものがわからない。


 ミストは瞳を閉じ、おそらくダンジョン内を探っている。その時、そのミストが突然、ビクリと体を震わせた。


 目は見開き、猛烈な寒さに耐えるように自らの体を抱きしめる。


「ミスト……?」


 何か、おかしい。こんな反応のミストは初めて見る。周りも尋常ではない雰囲気に困惑する。


「どうした、何が見えた?」

「……影を」


 ミストは強張った顔を向ける。


「あいつは……ワタシを見た」

「どういうことだ?」

「それは向こうも、君を魔法の目で見たということかね?」


 ジンが探るように言った。つまり――


「その何かと目が合った?」


 ――なんだそれ。滅茶苦茶怖い。


「いったい何だ、その影って……」

「……」


 ミストは沈黙している。


 どうしたものか。ソウヤは首を振る。敵がいるのはわかるが、正体がはっきりしない。


「……まあ、行くしかないんだけどな」


 もうクエストとして受けた。今回はミストが魔法の目で見たが、それがなければ、どの道情報なしで突っ込んでいたわけで、それを考えれば、わからないなりにもマシと言えるだろう。


「行かないほうがいいわ」


 ミストが珍しく弱気な発言をした。


「このまま行けば、きっと死人がでるわ。……下手したら全滅するかもしれない」


 一同、絶句してしまう。普段のミストを知る人間からすれば、まったく想像もできない言葉だった。


 ただでさえ、得体の知れない行方不明事件なのだ。もう、嫌な予感しかしない。


「そんなヤバそうなのか……?」


 ミストは何かあるが言えない、というような顔をしている。彼女が人前で明言を避けるのは何か?


 ソウヤは考える。敵が魔族であれば、彼女はそう言うはずだ。他の魔獣だったとしてもだ。そうなると――


「ひょっとして、相手はドラゴンか? それも上級の?」


 ソウヤの言葉に、ミストは目を見開いた。


 ――図星か。


 どうやら当たりのようだ。しかし仮に上級ドラゴンだったとしても、彼女が言わない理由は何かあるのか?


 ――ひょっとして、知り合い、か……?


「ドラゴンなんて、冗談じゃないわ!」


 ソフィアが顔をしかめた。


「それも上級ドラゴンなんて、史上最強の生物でしょう!?」


 ――最強って、魔王のほうが……。いやもしかしたら魔王以上のドラゴンもいるかもしれない。


 ソウヤは発言を控える。ライヤーは困ったように、ポリポリと頭をかき、セイジもかなり緊張した面持ちだった。


 ジンは考え込んでいて、元より表情に乏しいフィーアはともかく、平静なのはガルとカーシュくらいだった。


「危険な相手なのは間違いない」


 カーシュが口を開いた。


「だが行方不明者のこともある。彼らを救出しなくてはならない。たとえ相手がなんだろうと」

「へっ、さすがは聖騎士様は、言うことが違うねぇ」


 ライヤーが皮肉げに言った。


「それで自分が死んだら元も子もねぇんじゃね?」

「だからと言って何もしなければ、行方不明の者たちは帰ってこないぞ」


 カーシュが反論すれば、ライヤーは口もとを歪めた。


「もう生きちゃいないかもしれないぜ?」

「ミスト、どうなんだ」


 ソウヤは聞いてみた。しかしミストは視線を逸らす。


「これ以上探るのは無理よ。あいつの気配が強い。それを見るだけでもこっちも負担がかかってる」


 魔法の目による確認は、ミストがいう『あいつ』のせいでこれ以上は不可ということか。せめて行方不明者たちの生存や居場所が探れたら……。


「純粋な疑問なんだが――」


 ガルが発言した。


「敵がドラゴンだったとして、行方不明の者たちに生存の可能性はあるのか?」

「普通に考えれば、殺されている……そう言いたいんだね、ガル」


 ジンが顎髭に手を当てながら頷いた。


「食べられるか、あるいはテリトリー侵犯で殺されたか。生かしている理由が思いつかないな」

「……」

「ミスト」


 ソウヤはじっと黒髪の美少女――中身ドラゴンに言った。


「言えよ、相手はどんな奴なんだ?」


 別に敵のことを話したから、ミストがドラゴンだって正体がバレるわけではない。魔法の目で見たままを報告したわけなのだから、特に問題があるわけではないと思うのだ。


 ミストは躊躇うが、少し考え、やがて口を開いた。


「ワタシもさほど詳しいわけじゃない。その上で言うと――相手は霧竜」

「……おい」


 ――霧竜って、ミストと同じ?


 ソウヤ、そして彼女の正体を知るカーシュが驚く。ミストは眉間にしわを寄せた。


「いえ、霧竜と似た性質を持つ、この場合は闇竜もしくは影竜というべきかしら。暗闇に溶け込むドラゴンじゃないかと思うの」


 影竜。

 闇に溶け込むとは、いったい――

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